国政報告(第392号)

 7日(月)の副大臣人事に伴い、1年務めた復興副大臣を退任しました。昨年8月5日(金)の就任以来、今村大臣、吉野大臣の下、総括業務と宮城県の担当として被災地に38回出張し、自治体を中心に当面する課題を把握し、解決に努めてきました。平成23年3月11日(金)の地震・津波発生から約6年5か月が経過し、この一年間にも、住まいの復興は着実に進みました。福島第一原子力発電所の事故に伴い、未だ避難を余儀なくされている方々がいる福島県でも、今春の避難解除で、避難指示地域は当初の3分の1に縮小しました。被災地から避難されている方々は、昨年7月の14万8千人から、今年7月には9万人に減りました。岩手県・宮城県では来春には住まいの復興がほぼ一段落し、生業の再生から地方創生、「新しい東北」づくりの段階へと進んで行くものと期待されます。

 未だ3万5千人が県外に避難されている福島県でも、来春には浜通りの各町村で小中学校の再開が相次ぐ予定です。全域が避難指示中の双葉町・大熊町においても、改正福島復興再生特措法に基づき、近く特定復興再生拠点区域を設け、向う5年間の内には帰還できる地域を整備していく予定です。除染土壌等の中間貯蔵施設への搬入や福島第一原発の廃炉作業なども着実に進め、国の責任において、たとえ長い年月がかかろうとも、福島の被災地域をもとの姿に戻していく決意で取り組んでいくこととなっています。

 副大臣就任時は、急な指名で戸惑いもありましたが、幸い自分自身が当時の北海道開発庁で国家公務員として社会人のスタートを切ったこともあり、フィールドが東北の被災地に変わったものの、ある地域のために各省庁に働きかけて国の施策を推進する点で、自分自身の経験が役立ちました。高岡市長の経験は、被災地42市町村の首長・議会・職員の皆さんの想いの理解に生かせました。

 復興庁の職員は各省庁で採用され、出向している方々ですが、被災地に寄り添い、課題解決のための調整業務を積極的にこなして頂け、政務としても仕事のしやすい環境でした。鉄道の復旧、災害公営住宅の完成、商店街のまちびらきなど、復興の節目となる瞬間に幾つも立ち会えました。次第に現地の皆さんの明るさが増してくることを実感でき、かえって自分の方が元気をもらった一年間でした。

 地元富山県とは異なる東北・三陸沿岸の自然、食べ物、言葉などに地方の良さを感じ、復興に向けて前向きに頑張る内外の老若男女の皆さんの姿は、ぜひ、富山の地域づくりの手本にしたく思いました。一年間の感謝の気持ちを、大伴家持が東北での金の発見に寄せて詠んだ万葉集の一首に託し、離任式を終えました。「天皇(すめろぎ)の 御代栄えむと 東(あづま)なる 陸奥(みちのく)山に 金(くがね)花咲く」(巻18-4097番)

 これからは党に戻って、気持ち新たに政務をこなしていきます。(国政報告はお盆休みを頂き、次号は23日(水)の予定です。)

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