国政報告

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国政報告(第465号)

 15日(金)夕方に東京を発ち、仙台で宿泊して16日(土)は利府町浜田地区で「浜まつり」に出席しました。朝は宮城県南部の山元町へ伺い、JR常磐線坂元駅前にオープンした農産物直売所「夢いちごの郷」に立ち寄りました。二年半前の副大臣就任時にはまだ鉄道も海側から移設・復旧途上で、駅前には何も無かったのが、今では街らしくなり、特産の苺を始め、加工品や新鮮な野菜も販売され、朝から大勢のお客さんで賑わっていました。次いで高速道路を北上し、津波被害を受けた浜田・須賀地区の復興完了を祝い、牡蠣の旬に併せて開催された「利府町浜まつり」で祝辞を述べました。地元の伊藤信太郎代議士のほか、党青年局の小林史明局長代理始め「チーム11(イレブン)」の皆さんもお祝いに駆け付けました。チーム11は、東日本大震災の折、当時の小泉進次郎青年局長の発案で、毎月11日に被災地へ出向き、復興に向けて様々な支援活動に携わる取り組みです。今回は元参議院議員の熊谷町長にエールを送ってくれました。イベントは、浜田出身の加藤久元サッカー日本代表が町の観光大使に任命され、復興支援のご当地アイドル「みちのく仙台ori姫隊」も出演し、大勢の人出で盛り上がりました。

 昼食は塩竃市でホヤの消費増大に取り組む「ほやほや屋」で、店主の佐藤さんから様々なホヤの調理法を伺いながら済ませ、仙台から新幹線を乗り継いで3時間半で新高岡に到着、坂林高岡市議会副議長の就任祝賀会に出席しました。17日(日)は4月の県議選に臨む薮田川島八嶋3陣営の集会に顔を出し、中屋前滑川市長横堀前射水市議会議員の叙勲祝賀会から向川南砺市議会議長就任祝賀会まで、あっという間の一日でした。

 18日(月)朝に戻った永田町では、衆院予算委員会での新年度予算案の審議が進んでおり、19日(火)には北海道・長野県で地方公聴会が開催されました。議論の焦点は毎月勤労統計の不適切な調査手法や児童虐待防止の取り組み強化などですが、月末にベトナム・ハノイで開催予定の米朝首脳会談、波高い日韓関係、出口の不透明な英国のEU離脱問題など外交の諸情勢も流動的であり、経済に与える影響も懸念されるなど、国政全般に様々な課題があり、幅広い議論が期待されます。

 目下、復興庁では来月に予定される「復興の基本方針」の見直しに向け、三県知事や有識者からなる復興推進委員会や与党での議論を踏まえ、成案に向けて作業を進めています。海外諸国のこれまでのご支援に感謝し、現状を伝えるべく、政務三役の在京大使館への訪問活動も始めました。来月11日には発災8周年となりますが、更なる前進に努力します。19日夜、富山県JA青壮年部の皆さんとの意見交換会に出席、様々な経営努力をされているお話に感銘を受けました。足元の課題の解決にも努力していきます。

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国政報告(第464号)

 10日(日)の党大会を中日にしての三連休は、寒波の影響で冷え込みましたが、心配された積雪は大事にはならず、このまま今年は昨年のような豪雪には見舞われずに推移しそうです。

 先週末の8日(金)は早めに東京を出て、夕刻に富山市で社会保険労務士制度50周年の記念式典に参列しました。6年前の総務大臣政務官在任時に、各種申請手続きの電子化推進の立場からハローワークや年金事務所の現場にも伺い、当局と社労士会との話し合いを推進した思い出を挨拶で話しました。近年は電子申請の比率が着実に上昇し、添付書類の省略など企業側の事務省力化にも寄与しているようです。9日(土)は堂故先生を励ます会呉西郵便局長会党小矢部市連新年会と出席して最終のはくたかで上京しました。

 党大会では、谷垣前総裁が自転車事故からリハビリで回復され、車椅子ながら元気な声で挨拶されました。恒例の安倍総裁の政策演説と併せて、野党時代の反省と努力、政権復帰の際の初心も思い出され、党の多様な面をアピールできたと思います。国際情勢に不透明感が強く、成長戦略と財政再建にも細心の注意が必要な局面で、統一地方選と参議院選挙を控え、緊張感を持って課題解決に臨んでいく必要があります。折しも10日は復興庁発足から7年目となり、設置期限(2021年3月末)後の在り方の検討状況について全国紙でも報道がなされました。昨年末、渡辺大臣の指導の下に取りまとめた「復興・創生期間後も対応が必要な課題の整理」をベースに、被災地を始め各界のご意見を承りながら、復興推進委員会で議論頂いており、良い結論が出せるよう努力していきます。

 11日(月)は朝一番のかがやき・つるぎで新高岡に戻り、中村治平元氷見市議の叙勲祝賀会党砺波市連立春の集いに出席し、12日(火)朝には再び上京と、慌ただしい週末でした。

 通常国会は、8日から衆院予算委員会で新年度予算の審議が始まり、13日(水)まで3日間・21時間の基本的質疑を終えました。14日(木)・15日(金)と衆院本会議にて国税・地方税の新年度改正案の法案も趣旨説明を終え、来週は19日(火)に地方公聴会がセットされるなど佳境に入ります。毎月勤労統計の不適切な調査の問題や外交の諸課題に加え、児童虐待防止の具体策も主要な論点となり、議員側からも提言が寄せられています。引き続き、本予算の年度内成立を目指し、精力的な審議が続きます。

 また、13日には富山・岐阜両県主催の東海北陸自動車道の全線四車線化を求める緊急集会があり、石井・古田両県知事、綿貫先生、岐阜選出の大野参議院議員とともに私も早期実現を訴えました。今年度末に飛騨清見までの南側の工事が終わることから、以北の区間の早期整備を願っています。16日(土)は宮城県に出張にて、次号で報告します。

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国政報告(第463号)

 立春を過ぎて、議員会館から見える国会裏側の銀杏並木の通りも、まだ芽吹く訳ではありませんがどことなく春めいています。ただ、週末はもう一度寒気が日本上空に流れ込む予報であり、顕著に流行しているインフルエンザと共に注意が必要なようです。

 通常国会は、先週の衆参での代表質問を受けて、週明けの4日(月)から今年度第2次補正予算案の審議が始まり、5日(火)に衆院を通過、今日(7日(木))、参院の審議を終えて成立の見通しです。主要な内容は、3か年の防災・国土強靭化緊急対策の1年目として、1兆円規模の公共事業の追加、TPP発行を受けた農林水産業の強化などで、地域への波及効果も大きいものと思います。

 一方、予算委員会の審議の過程では、厚生労働省の毎月勤労統計調査で東京都内での全数調査を勝手に抽出調査に変えていた問題が取り上げられました。変更は2004年に遡り、統計委員会に報告しないまま、統計法違反の調査を続けていたこと、調査結果が失業給付等の金額の基準となっていたために多数の支給不足が発生したことなど、「行政運営の基礎となる統計の重要性」をおろそかにしてきたことが厳しく問われる事態となりました。厚労省内の監察チームの調査についても、一部関係者へのヒアリングを職員任せにするなど、「第三者性」が不十分との批判が上がり、総務省行政評価局が調査に乗り出すこととなりました。本件については、与野党の委員から様々な質疑がなされましたが、政策立案の前段となるデータ収集を役所として軽視し、予算・人員を削ってきた経緯があると思います。改めて「基本に戻って」仕事の組み立てを見直す機会にするべきです。また、全数調査の実施が困難だとすれば、抽出調査を基に、統計学的な裏付けのあるデータ復元処理を施せば良い訳で、人材面で「統計分野のエキスパート」の確保・養成が求められ、何より、「決まり」が守れない時の「報告・連絡・相談」という、仕事の基本を大切にする事が肝要です。

 私については、週末の3日(日)は裏千家淡交会高岡青年部総会中川生産組合新年会定塚校下自治会・各種団体合同新年会と地元行事に出席しました。岩手・宮城の被災地に伺うと、仮設住宅からそれぞれ恒久の住まいに移られた皆さんにとって、新たなコミュニティづくりが課題となっていると聴きます。それだけに、何気ないご近所の顔見知りの皆さんの会合も、かけがえのない価値のあるものと思いながら挨拶させてもらいました。

 8日(金)からは舞台を衆院に戻し、新年度予算案の審議が始まります。年度末成立のためには円滑に日程を進めることが必須であり、緊張感を維持して臨みます。10日(日)は党大会であり、4月の統一地方選、7月の参院選と大切な政治日程に向け、富山県連も宮腰会長を先頭に頑張ります。

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国政報告(第462号)

 1月28日(月)、通常国会が開会しました。会期は6月26日(水)までの150日間で、当面は、今年度第2次補正予算と新年度予算の審議が進められます。厚生労働省の雇用関連統計の不適切調査問題が急浮上し、新年度予算の閣議決定をやり直す事態となっており、国会審議を通じて国民の皆様への説明責任を果たす必要があります。これをこなして本予算を年度内成立させることが、政府・与党の当面の目標となっています。

 私については、インフルエンザを治して、24日(木)は副大臣再任後14度目の東北出張でまずは利府町の宮城スタジアムを訪問しました。来年の東京オリンピックにてサッカー競技が予定されており、地元の熊谷町長も海外のお客様のおもてなしに知恵を絞って頂いています。冬型の気圧配置が強まり、小雪が舞う状況でしたが、施設はこれまでにも国際レベルの大会をこなしておられるだけあって整った印象を受けました。来夏に宮城県内の復興の状況を発信し、「復興五輪」が実りあるものとなるよう、努めていきます。

 続いて、多賀城市で10年来の知人である菊地市長と合流し、「さんみらい多賀城・復興団地」に進出された日本積層造形株式会社を訪問、保田社長にご案内頂きました。金属微粒子をレーザーで溶かして立体的な部品を作り出すという先進的なものづくりに携わっておられ、東北大学の研究成果を活用されている由、まさに「創生」の好事例です。菊地市長との昼食後、仙台市に移動し、蒲生北部被災市街地復興土地区画整理事業の進捗を目の当たりにし、さらに、鈴木東北農政局長に仙台東地区ほ場整備事業の現場をご案内頂きました。津波の被害を受けた農地を除塩し、大区画化して、米作や園芸作物の効率良い営農が展開されています。最後は復興を終えて運営が民営化された仙台空港を訪ねました。保安検査のスピード・アップの取り組みや、ボーディング・ブリッジを使わず、地上から直接飛行機に乗り込む新たな乗客の動線の設定など、民業らしく知恵を絞って経営を黒字化し、乗客数を増やしておられる実情に感銘を受けました。

 25日(金)夜に富山に戻り、26日(土)は党県連主催の政治学校の講師を務め公明党の恒例の「躍進の集い」で沖縄出張の宮腰県連会長に代わって挨拶しました。27日(日)は、石破茂代議士が昨年秋の党総裁選の御礼と県議選・参議院選の候補者激励を兼ねて来県され、砺波高岡新湊の3会場で集会を持ち、合計八百名の参加を頂きました。

 かくて月曜から通常国会が始まり、初日は現天皇陛下の最後のご臨席を得ての開会式と安倍総理他四大臣(総理・財務・外務・経済担当)の演説があり、30-31日(水―木)と各党代表質問で論戦がスタートしました。来週は予算委員会の報告となる見込みです。

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国政報告(第461号)

 先週末、不覚にも、インフルエンザA型に感染してしまい、地元日程はすべてキャンセル、週明けも養生する破目になりました。昨年はB型に感染しており、今年は大丈夫だろう、という気の持ち方がまずかったです。来週28日(月)から会期150日間の通常国会を控え、改めて健康管理に心して臨みます。

 前号で岩手・富山の出張まで報告しましたが、引き続き18日(金)、19日(土)と福島県に日帰り出張しました。初日は未訪問の6市町村(いわき市・楢葉町・浪江町・南相馬市・新地町相馬市)に伺いました。原発事故で避難指示が出たのは、楢葉・浪江・南相馬の3市町ですが、住民帰還率は楢葉で5割、南相馬の小高で4割を超え、地域にも活気が出てきました。楢葉の「笑(えみ)ふるタウン」、小高の「小高ストア」など日常品を求める環境も整備されています。昨春に避難解除となった浪江町では、帰還はまだこれからですが、役場前に雪の塊があり、聞くと秋田県横手市の皆さんがかまくらを作ってくれるとの事、気持ちが温かくなりました。

 今回の訪問で承った問題意識が2点あります。帰還・復興が本格化する中で、地域の基幹産業である農業を再開させていくための圃場・施設整備を、担い手が十分揃わない中でどう進めるのか?平成32年度末という「復興・創生期間」までに公共施設の整備がどこまで済ませられ、その後はどうなるのか?という悩みです。地震・津波被災地域では「32年度末」を合い言葉にしていますが、原子力災害地域はそうはいかないことも良く分かります。復興庁設置期間終了後の取り組みの検討の主要課題の一つです。

 南相馬市では、福島イノベーションコースト構想の拠点となるロボットテストフィールドも見学し、ドローンの飛行実証実験の説明を受けました。27個のドローンを、きちんと3層の隊列を組んだ形で2千m上空まで上昇させ、雨雲等を観測しようという課題にチャレンジされており、良質の電波による遠隔制御を目指しています。原町第一小学校では、東京大学の先生方がミニ・ドローンを児童たちのプログラミング学習の教材に使った授業に取り組まれていました。イノベ構想も「肉付け」の段階に入り、今後が期待されます。

 2日目は、Jヴィレッジの全天候型施設で、読売巨人軍OBの西村選手、北選手など、ジャイアンツ・アカデミーの皆さんの親子野球体験教室の開会挨拶を務めました。サッカーのトレーニング施設であったJヴィレッジは、原発事故収束の前線基地に転用されました。廃炉作業の進展により拠点は福島第一原発構内へ移り、現状復旧工事を経て元の姿が蘇ってきました。今春、JR常磐線の「Jヴィレッジ駅」も開設され、東京オリンピック・パラリンピックに向けて更に活用が期待されます。明24日(木)は宮城県利府町のオリンピック・サッカー競技会場となる宮城スタジアムに伺います。

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国政報告(第460号)

 今週は副大臣再任以降、11回目の東北出張(今年初めて)を中心に報告します。成人の日の三連休は、中日の13日(日)が在京当番となり、12日(土)は富山に日帰りして、党県連女性部の新年初顔合わせに出席しました。堀田女性部長を中心に、東日本大震災の被災地にチューリップの球根を送り続けておられ、復興に携わる立場から御礼の挨拶を致しました。14日(月)朝に再度富山に向かい、宮腰大臣を囲む会に出席しました。長勢先生の法務大臣就任以来、久しぶりの富山県の大臣誕生は嬉しい事で、会場も華やいだ雰囲気でした。宮腰大臣は、長年取り組んでこられた北方領土隣接地域と沖縄の振興のほか、内閣府の消費者行政、少子化対策など8分野を担当されています。臨時国会も手堅い答弁で法案を成立させるなど、着実に成果を挙げておられ、大活躍をお祈りします。午後からは、高岡市鍼灸マッサージ師会となみ青年会議所の新年会に出席しました。例年に比べ、極く限られた新年会しか出席がかないませんが、公務に免じてお許し頂きたいと思います。

 15日(火)朝に高岡市民病院で年1回の健康診断を受けて上京し、16日(水)は新幹線で八戸駅まで出向いて、小林八戸市長にご挨拶しました。大震災では、青森県や茨城県の太平洋沿岸部も被災しており、住まいの再建など復興事業が実施されています。八戸も水産業関係施設等に大きな被害が出ましたが、既に製造品出荷額が震災前を上回るなど着実に前進しています。続いて南に進み、岩手県沿岸部の北部7市町村(洋野町久慈市野田村普代村田野畑村岩泉町宮古市)の首長を訪ねました。この地域も住まいの復興はほぼ終了しており、三陸沿岸道路の平成32年度までの開通に大きな期待を寄せておられます。主力産業である漁業は、漁獲高が震災以前の水準に戻っておらず、漁業者は魚価が上がっている分だけ支えがある一方、加工業者は原料不足かつ原料高の影響で厳しい経営環境が続いています。地域としても、研究機関の協力も得ながら、磯焼け対策や、主力魚種の変更など、漁場回復を模索しています。また、人口減少下での地域の維持発展や、若者の定着策の検討など、まさに「復興から創生へ」と自治体の意識が変化していることを感じました。平成28年夏の台風10号で大きな水害に見舞われた岩泉町が、復興事業加速化のノウハウも生かし、早期に復旧を遂げておられ、安堵しました。田野畑村と岩泉町ではヨーグルトをご馳走になり、宮古市では駅前に防災機能を充実させた新市庁舎を案内頂くなど、この間の復興の歩みを実感した出張でした。翌17日(木)は、岩手県庁に千葉副知事を表敬し、岩手復興局で挨拶の後、大宮経由で富山に「出張」し、県市長会の皆さんに来年度の被災地への職員派遣の継続をお願いしました。森市長会長のご配慮に感謝しつつ、富山の皆さんの引き続きの応援をお願いします。

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国政報告(第459号)

 お正月休みを挟んで約半月ぶりの報告です。年の瀬は26日(水)に富山に戻り、各省庁の新年度予算の書類を読むなどして過ごしました。大晦日(月)のNHK紅白歌合戦の終盤、白組嵐の皆さんの歌唱の前に、メンバーが福島県飯舘村を訪れたビデオが流れました。平成29年4月に避難解除になって1年9か月、一歩ずつ復興が進む姿を伝えてくれたことを、関係者として嬉しく思いました。

 平成最後となる31年が明けて、元旦(火)は例年通り、早朝に高岡市で実践倫理宏正会の元朝式に出席し、伏木地区の賀詞交換会で挨拶しました。3日(木)まで東京で過ごして4日(金)は氷見漁港の大漁祈願祭自由民主党富山県連の初顔合わせをこなし、5日(土)が復興庁の在京当番のため、地元の各種新年会は失礼して在京で過ごしました。

 7日(月)の朝、渡辺大臣の年頭挨拶で復興庁での今年の仕事が始まりました。昨年末の大震災による避難者数は53,709人で、1年前より約2万3千人減ったものの今なお仮設住宅や避難先で新年を迎えざるを得なかった方々が数多くいらっしゃいます。大臣からはこのことにも思いを致し、改めて現場主義で被災地の課題解決を通じ、復興を前進させるよう指示がありました。私からは、大伴家持卿が詠んだ万葉集最後の歌、「新(あら)たしき 年の始めの 初春の 今日降る雪の いや重(し)け吉事(よごと)」を朗唱し、雪が降り積もるように東北に良い事が沢山あるように念じ、努力していくことを誓いました。

 この一週間は、例年ならば地元での新年挨拶回りが主体となるのですが、今年は東京で、来週以降の現地出張の打ち合わせなど進めています。年末には復興庁の所管する事務・事業を対象として「復興・創生期間後も対応が必要な課題の整理」が取りまとめられています。3月に予定される「「復興・創生期間」における東日本大震災からの復興の基本方針」の見直しに向けて、平成32年度末の復興庁設置期限後の国の組織・制度の在り方を議論していかなければなりません。担当の宮城県など、地震・津波の被害が主の地域では、コミュニティや生業の再生や教育の充実など「ソフト事業」のニーズが強く残っています。一方、原子力発電所事故の被害が主の地域では、希望される住民の帰還など復興はハード・ソフト両面で「道半ば」の現状です。農林水産品や観光面での海外の風評が残存しており、福島第一原発の廃炉作業もまだまだ先の見えない状況です。放射性廃棄物の処理の問題は、福島県以外の県でも依然として解決されていない課題です。この現状にどう対処していくのか、また、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを「復興五輪」として実のあるものにしていくために何を為すべきか、自問もしながら、頑張っていきます。本年もよろしくお願い致します。

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国政報告(第458号)

 年の瀬が近づき、一年を振り返れば、2月は予算委員会で今年度予算の審議が連日続き、春は議員立法の根回しに議員会館を飛び歩き、新潟県知事選、8月の中国と東南アジア訪問、9月の沖縄県知事選での那覇20泊と総裁選、10月からは2度目の復興副大臣と、活動の内容も舞台も激しく変化した「忙」の年でした。郵政法案など達成感のある仕事もできましたが、普天間基地の移設問題を抱える沖縄で、数年間親交のあった佐喜真前宜野湾市長の知事当選を成就できなかった事は痛恨で、自分自身の選挙運動の総括もできぬままの年越しです。沖縄の振興は、宮腰大臣や小渕優子党沖縄振興調査会長に努力頂いており、私も再度関わる事を心に誓いながら、今は東北の被災地の復興を前進させる使命に全力投球の立場です。

 前号に続き、今年最後の16-17日(日―月)の岩手県出張を報告します。初日は午後に新幹線で東京を発ち、新花巻駅で下車、岩手復興局の皆さんと釜石に向かい、野田市長ほか市の皆さんと懇談しました。漁業と鉄鋼業の街であり、県外からの移住者も多く、富山県では朝日町と深い縁があるそうです。新日鉄の生産縮減に伴い、人口が減っていた所へ大震災が起きた訳ですが、市街地の復興はほぼ完了しています。鵜住居地区にはラグビー場が整備され、来年のラグビーワールドカップの公式戦開催に向けて準備が進んでいます。

 17日は、復興道路として急ピッチで建設が進む三陸縦貫自動車道を利用し、まずは大船渡市陸前高田市を訪ね、宮古市まで北上した後、山田町大槌町と役場を訪問しました。いずれも1年半ぶりですが、住まいの復興は着実に進んでいました。陸前高田市と2町の中心部は、土地の嵩上げや区画整理を待って土地の引き渡し、住宅再建へ進んだため、前任の時は建物もまばらな状態でしたが、今回は家屋も連坦し、町らしさを感じました。居住に適さないとして住居が移転して出た土地の活用策が復興終盤の課題として提起されています。宮古市では「Fw:東北(フォワード東北)」という復興庁の情報発信イベント(岩手県と共催)で主催者挨拶をしました。会場の「イーストピア宮古」は、宮古駅に隣接する市役所・保健センター・市民交流センターの複合施設で、10月に供用されたばかりです。来春には宮古・釜石間の旧JR山田線が三陸鉄道線として復旧するなど、地域発展のいぶきを感じ取った次第です。

 18日(火)には渡辺大臣から「復興・創生期間後も対応が必要な課題の整理」が公表され、これを元に復興庁設置期限(平成32年度末)後の組織・事業の在り方を検討していきます。21日(金)には新年度予算案が発表され、先に決まった税制改正案と併せ、来年度に向けた準備が整いました。26日(水)からは富山で過ごし、国政報告は一週間のお休みを頂き、次号は1月10日(木)でお願い致します。良いお年をお迎え下さい。

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国政報告(第457号)

 国会が終了し、今年も後10日余り、政府では14日(金)に新年度の税制改正大綱をまとめ、今週は予算の大臣折衝を経て、21日(金)には今年度の第2次補正も含め、予算編成を終える予定です。私も、議員会館、復興庁、現地出張と仕事を進めています。昨19日(水)には高岡商工会議所の川村会頭はじめ有志の皆さんの激励訪問を頂き、東北と富山の話題で楽しく過ごしました。

 再度の副大臣着任以来、被災地への出張は10回となりました。13-4日(木-金)は福島県に行き、会津若松市に避難を続けている大熊町役場から、田村市葛尾村川内村と役場を回りました。除染と避難解除が徐々に進む中、大熊町と双葉町は未だ全域に避難中です。それぞれ、昨年から特定復興拠点を設け、避難解除に向けた除染・家屋解体が進んでいます。大熊町は、居住制限区域となっていた大川原地区に役場の新庁舎を建設し、来春を目途に先行して帰還できる見込みです。渡辺町長からは、太陽光やバイオマスを用いた再生エネルギー拠点づくりの意気込みも承りました。

 再生となった楢葉町のJヴィレッジのホテルで宿泊し、翌日は富岡町広野町双葉町(役場がいわき市勿来地区に避難中)を訪ねました。避難解除が進んだ自治体では、次代を担う若者や子供たちが一人でも増えて欲しいという思いが強く、特色ある教育や雇用創出への国の取り組みを求められました。産業面では、イノベーション・コースト構想を進めていますが、企業立地と併せて人材育成の視点もしっかり持つべきと思いました。また、浜通りへの「Iターン」(移住)についても、積極的に受け入れたい意向で、大学のサテライトなど研究者・技術者の来訪・定住を増やす必要があります。

 双葉町では、中野地区の産業団地の造成が進み、立地の引き合いも強いそうです。2020年3月に予定される常磐線の全線開通に向け、団地の稼働と、双葉駅周辺の避難解除を目指しています。今まで、先が見えないご苦労が続いていましたが、ようやく帰還が視野に入り始め、二年前に初めてお会いした時から見ると将来に向けたお話に力がこもり、嬉しく思いました。

 14日の午後は仙台に移動し、第2回復興五輪連絡調整会議を主催しました。出席頂いた3県担当者からは、聖火リレー、ホストタウン、競技会場の受け入れ態勢など、準備状況を披露頂き、組織委員会との調整を密に進めていくことを確認しました。被災地の復興状況のアピールや地元食材の活用など様々な取り組み課題があり、一足先に開催されるラグビーワールドカップ2019の経験も生かして盛り上げて行ければ、と思います。

 東北から大宮経由で戻って、週末の15日(土)は高岡市伏木で向県議の後継で出馬予定の針山健史さんの後援会発会式に出席して上京、16日(日)からの岩手出張の報告は次号とします。

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国政報告(第456号)

 先週末の寒波で、富山も9日(日)の朝は雪化粧となり、挨拶回りで伺った五箇山では20cmの積雪でした。東京も銀杏の樹々が葉を落とし、冬景色の風情です。

 臨時国会(第197国会)は、当初の通り10日(月)に閉会しました。内閣提出の新規案件は全て可決され、成年後見人に係る継続審査の法案を残すのみです。この間、6日(木)からの出入国管理法等改正法案と漁業法案の参議院での大詰めの審査過程では、法務委員長に加えて堂故農林水産委員長の解任決議案も提出されました。温和な物腰で知られる堂故議員だけに、院の厳しい雰囲気の中で私には思いもよらぬ事態でした。明けて7日(金)は参院本会議が断続的に開かれ、二つの解任決議案が否決された後、山下法相、安倍総理の問責決議案の提出、否決を経て、8日(土)午前4時に全ての法案を可決するに至りました。7日は衆議院も内閣不信任決議案の提出に備えて本会議が設定され、休憩状態のまま与党議員には「禁足」(連絡できる状態で在京している事)の指示が出ました。私は宮城県に出張・宿泊の予定でしたが、取り止めとなり、午後11時55分に再開した本会議に出席しました。大島議長が日付を超えて8日も本会議を続行する旨、「延会手続」を宣言されて休憩となり、議員会館で待機するうち、参院本会議が再開され、不信任案の提出見込みが薄れたため、午前0時40分で禁足が解かれ、宿舎に帰宅できました。会期末の参院は厳しい状況になることが間々ありますが、今国会も2日間にわたる苦労がありました。

 経済界を中心に、厳しい人手不足を背景に導入が強く望まれた新たな外国人労働力受け入れシステムでしたが、国会審議の過程では、現行の外国人研修生制度の悪しき運用事例が明るみになりました。このため、新制度の施行に当たっても、細部のルールを事前に示すよう政府に要請する事となりました。我が国の国籍を持たない外国人の方々が日本国内で苦労されている点について、与野党を通じて認識を新たにした訳で、新たな5年間の在留資格についても、日本語能力や技術力の基準を満たすことや、受け入れ企業の責任の重さなど、制度の適正な運用を注視していく必要を痛感しています。

 8日朝の新幹線で仙台に向かい、名取市の復興公営住宅完成式典に出席がかないました。地震・津波で甚大な被害を受けた閖上地区の復興方針を巡り、厳しい意見の対立を山田市長と市議会の皆さんが苦労されてまとめられ、全戸完成・入居の日を迎えられた事、前任時に関わった立場から労いの思いを込め、復興庁としての挨拶を述べました。午後には大宮経由で富山に戻り、地元6市の市議会議員有志の会(慶政会)で復興の現状について報告する機会を頂きました。13日(木)からも、福島県、岩手県の被災地に伺い、現況把握に努めていきます。

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