国政報告

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国政報告(第473号)

 前回の報告を書き終えてから、週末にかけて東日本大震災からの復興にとって、「まさか」と思える困った事件が起きました。まず、10日(水)の夜、議員宿舎に戻ったところで知り合いの新聞記者さんから桜田五輪担当大臣がつい今しがた辞任したとの知らせを受けました。理由は、同僚議員のパーティでの「復興よりも同僚議員の方が大切」との発言と聞いて、言葉に詰まりました。思えば、復興に関わり、パーティでの発言で政務が辞任に至った例が2度ありました。当時、伊吹前衆議院議長が「六つの「た」」として、「多数の場での挨拶」や「たとえ話」は注意するように、と戒められたのを忘れた発言でした。当然、許されるものではなく、私ども復興庁としても、復興五輪を盛り上げようと被災地の皆さんに働きかけている立場も含め、深くお詫びするものです。安倍総理は改めて、全大臣が復興大臣との自覚をもって事に当たるよう指示されましたが、心していきます。

 次いで12日(金)朝、東京電力福島第一原発の事故に起因する我が国水産物に対する韓国の厳しい輸入規制措置について、我が国がWTO(世界貿易機構)に提訴していた案件の上級審の判断が明らかになりました。1審では、我が国から輸出される水産物の安全性が認定され、韓国の規制は国際ルールに照らし不当に厳しいものとの判断でした。しかし、上級審では1審の判断が維持されるだろうとの我が国の予想を裏切って、韓国の規制について、自国の国民の安全を守る立場から不当とは言えないとして1審の判断を破棄しました。WTOの判断としてはこれが最終となるため、我が国としては韓国の措置を国際ルール違反として撤廃を求めることができなくなりました。今後は韓国に対し、我が国の水産物が厳しい検査を経て放射線の面で安全であることを粘り強く説明し、韓国側が自主的判断として規制を撤廃するよう働きかけていかなければなりません。WTO勝訴による輸出の解禁を期待されていた水産業関係の皆様、とりわけ、三陸地方でホヤ(震災前はキムチの原料として韓国に大量に輸出されていました。)の養殖に励んでおられる方々を落胆させる結果となり、政府の一員として申し訳なく思います。折しも同日、「原子力災害による風評被害を含む影響への対策タスクフォース」が復興庁で開かれ、一日も早く輸出が再開できるよう、風評払拭に努めていく旨、一同決意を新たにしました。

 地元では、11日(木)に高岡市の大和百貨店が8月25日をもって閉店するとの発表がありました。全国的に百貨店の営業が厳しい情勢の下、残念ですがやむを得ない判断と受け止め、今後の空きスペースの活用など中心市街地への市当局の取り組みを応援していきます。厳しい「まさか」の事件が3件続いた今週、これを乗り越え、それぞれの政策目的実現に向かっての前進を誓うものです。

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国政報告(第472号)

 桜が見頃を過ぎたところで、強烈な寒の戻りで、今日(10日(水))は関東北部に雪かも、との予報が出ています。週末の統一地方選前半戦の投票日(7日(日))、富山県議会議員選挙では公認候補32名が当選、魚津・黒部の保守系無所属新人も加えると、同志が34議席を占める見込みです。第三選挙区内では、定数7に対し、6名を擁立した高岡市選挙区の行方が気がかりでしたが、渡辺・山本・川島・酒井・針山・瀬川の全員当選となり、ホッとしています。有権者の皆様の負託を受けた新たな布陣で、県政の更なる発展を願い、また、持ち場で努力して行きます。

 一方、国政では塚田国土交通副大臣兼復興副大臣が九州の集会での「忖度」発言で5日(金)に辞任、富山では富山市議会の政務活動費不正受給問題で4名が9日(火)に起訴されるなど、政治不信を招く事態も起きています。心して政治に臨んで行きます。

 復興庁では、6-7日(土-日)と気仙沼市に出張しました。宮城県沿岸15市町村の中でも石巻市と並んで復興に時間を要する地域でしたが、発災から8年を経過し、さすがに竣工する施設が増え、「住まい」については住宅の供給など完遂のメドが立っています。日曜の気仙沼大島大橋の開通式への出席に併せ、菅原市長ほか皆さんに案内頂いて事業個所を見て回りました。まずは、防潮堤の整備を巡り、住民との調整に時間をかけた大谷海岸です。人気の高かった白砂の海水浴場を残すため、堤を海岸線から後退させ、国道45号をその上に乗せ、背後地も堤の高さまでかさ上げすることで合意され、急ピッチで工事が進んでいました。次いで、3月に旧気仙沼向洋高校校舎を利用して開館した震災遺構・伝承館に伺いました。津波に襲われ、自動車が折り重なるようにひしゃげた姿など当時のままに保存されており、津波の映像や被災された方の想いなど視聴するうち、涙が流れ、改めて「復興の完遂」を自らに誓いました。市内で心の復興に取り組む「手招家(よってけ)」の菊田代表のお話を聴かせて頂いた後、内湾地区の商業施設鹿折地区の区画整理事業が完成した姿を確認しました。最後に外洋に面する唐桑半島で韓国発祥の自然体験トレッキングである宮城オルレの「気仙沼・唐桑コース」を見学しました。日曜朝は、高度衛生管理に対応して復旧・再整備された魚市場にも寄り、生業や街の再生を通じ、地方創生・交流拡大に意欲的に取り組む気仙沼を体感した2日間でした。

 大島大橋は、住民の皆さんの半世紀に渡る悲願を実現したものです。大震災の折には電気・水道が断絶し、津波のガレキでフェリーによる交通手段も途絶した経験もされただけに、開通式には事業主体である県の村井知事、浅野前知事はもとより、古賀誠先生、小野寺先生始め県選出国会議員など多数出席されていました。これからも、被災地の皆さんに喜んで頂ける復興を心掛けていきます。

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国政報告(第471号)

 ここの所の寒の戻りで開花し始めた桜も縮こまり、どうやら今週末のお花見が楽しめそうな気配です。年度初め、春本番の4月1日(月)、新元号が「令和」と発表されました。出典が万葉集とのこと、関わりを持つ身として驚きと嬉しさの混じった感覚で受け止めました。同僚議員からも「良かったね。」と声をかけてもらえました。全20巻、4516首のうち、巻5の大伴旅人(家持の父)」を中心とする大宰府の歌壇で詠まれた梅花の歌32首の序文の漢文から採られたものです。平安時代の勅撰和歌集とは異なり、漢文と和語の歌から成り立つ万葉集の特色を見事にとらえて出典とした事も機知に富んでいると思います。

 時は聖武天皇治下の天平2(730)年1月(旧暦)13日、場所は大宰帥たる旅人の居宅とはっきり記されています。岩波文庫の漢文の書き下し文によれば「時に初春の令(よ)き月、気淑(よ)く風和(なご)み、梅は鏡の前の粉を披(ひら)き、蘭は珮(はい~腰帯とそれに吊り下げた玉・金属器などの総称)の後の香(こう)を薫(かお)らす」とあり、良い時代、平和な時代であってほしいとの願いが込められています。背筋が伸びるような清新な響きがあり、国民の皆様の評価も良いようで何よりです。

 私は、国会での質問に際し、万葉集から一首朗じることを常としてきましたが、この梅花の歌32首のうち、829番「梅の花 咲きて散りなば 桜花 継ぎて咲くべく なりにてあらずや」を平成25年3月19日の衆議院総務委員会で紹介していました。当時は総務大臣政務官の立場で、現在は立憲民主党に所属されている小川淳也議員の質問にて一首を所望され、答弁で朗じたものです。今後も可能な範囲で、折々の万葉歌を披露していきたいと思います。

 先週末の3月30日(土)の朝、渡部・世耕・原田大臣ほか皆さんに同行して福島に出張し、18回目の「原子力災害からの福島復興再生協議会」に出席しました。内堀知事ほか福島側の出席者から、大震災・東電福島第一原発事故からの復興の現状を踏まえ、産業再生、鳥獣被害対策、風評対策、帰還困難地域対策など幅広くご意見を承りました。政府側として、復興庁の後継組織の検討を含め、積極的に対処していく旨回答しました。

 次いで富山に戻り、29日(金)に告示された県議会議員選挙の応援のため、31日(日)夜にかけて射水市・高岡市の同志8陣営の個人演説会でマイクを持ちました。1日に理容組合高岡支部の総会に出席した後、上京中の新幹線車内で冒頭の新元号のニュースに接しました。2日(火)は新年度最初の衆院本会議があり、予算成立で折り返し点を越えた今通常国会は、残る内閣提出案件の審議に入っています。月末には御代替わりを控え、慌ただしい中、復興庁の業務にも怠りなく取り組んでいこうと思います。

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国政報告(第470号)

 3月も最終週、東京では桜があちこちで咲き、富山からも開花のニュースが聞こえてきました。今日(27日(水))午後の参院本会議で新年度予算も成立の見通しで、29日(金)告示の県議会議員選挙を含め、政界は統一地方選モードに入ります。

 前号を綴った後、20日(水)夜に地元に戻り、23日(土)までの間、県議選に高岡市選挙区から立候補を決断してくれた瀬川市議の初動を支援するべく、関係市議に同行頂き、市南部地域を挨拶回りしました。平成21年夏の最初の総選挙並みに地域入りし、改めて地元の自然・地理・産業の多様さに目を開かさせられた思いがします。23日には堂故先生、米原先生、四方先生にも出席頂いて事務所開きに漕ぎ着け、後は4月7日(日)の投票日まで全力疾走でゴールを切るよう願っています。併せて市選挙区での同志6人の全員当選を至上命題に応援して参ります。21日には砺波市の米原先生、南砺市の安達さんの事務所開き、激励会にも顔を出しました。第三選挙区では射水・南砺・高岡の三選挙区が選挙戦の見込みです。

 22日(金)には伏木外港万葉埠頭にてバイオマス発電設備の建設工事の安全祈願祭に出席しました。我が国の必要電力量をどのような発電源から得るかは、原子力発電所の稼働が厳しくチェックされ、地球温暖化対策も進めなければならない中、難しい課題になっています。太陽光、風力、地熱、小水力発電と並んで、木質バイオマスも環境に優しいエネルギー源として注目されており、伏木港でのプロジェクトは、海外から森林認証を取得した木質ペレットを輸入し、5万kwの電力を地元の北陸電力に供給するものです。地域の皆さんのご理解を頂いて約300億円が投資される見込みであり、港湾の活性化が期待されます。

 23日の朝は恒例の南砺市井口地域の「椿まつり」の開会式に出席し、夕刻は元高岡市職員で四半世紀にわたり保護司として活動されてきた山本雅信さんの叙勲祝賀会に出席の後、深夜に上京し、24日は在京当番にて東京での日曜日となりました。

 週が明けて26日(火)には30年度最後の衆院本会議があり、法案3本を参院に可決・送付しました。参院でも年度内に成立が必要ないわゆる「日切れ法案」も無事処理できそうな情勢です。

 一方、東北では、23日に岩手県で大震災で不通となっていたJR山田線(宮古~釜石)が復旧し、三陸鉄道に移管されて久慈~盛間163kmのリアス線として開通しました。さらに、福島県で全町避難指示状態だった大熊町の大川原、中屋敷の2地区が4月10日(水)に避難解除されることで合意されました。被災地でも一歩づつハード施設が完成し、復興の歩みが前に進んでいます。新年度も、個々の課題の把握と解決に努め、復興・創生の実現に持ち場で努力を続けます。

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国政報告(第469号)

 統一地方選が近づいてきました。各知事選は21日(木)、富山県議会議員選挙は29日(金)の告示で、4月7日(日)が投票日です。地元富山第三区の高岡市選挙区は定数7に対し、立候補予定者が同数のままで推移し、党市連として何とか6人目の候補者を擁立し、選挙戦に持ち込むべく渡辺支部長・山本支部長代行・畠幹事長を中心に努力してきました。16日(土)、瀬川侑希市議の貴重な決断を得て、党第三選挙区支部の米原支部長代行、四方幹事長にも同席頂き、記者発表の運びとなりました。空白地域となっていた高岡市南部を対象に、4人の市議(大井・福井・本田・酒井)に協力頂いて超短期間ですが、運動を展開していきます。私も第三選挙区支部長の立場で東京の公務・政務の合間を縫って応援しています。

 先週は、11日(月)に石巻市・東松島市への出張から戻り、12日(火)は東京オリンピックの500日前となり、福島県飯舘村と東京都江東区の小学生の交流イベント「ツナグ・ミライプロジェクト~みなでつなごう、みんなのミライ」のモニュメント交換会に出席し、挨拶しました。パナソニック株式会社の主催で、両地域の小学生が、自分たちの「ふるさと」の魅力を表現したモニュメントを制作し、交換しました。ICTを利用した遠隔授業で交流し、友情も深め合い、「復興五輪」のPRにも一役買ってくれました。

 13日(水)は参議院の東日本大震災復興特別委員会で大臣所信に続いて新年度予算の概要を説明し、14日(木)には衆院復興特で大臣所信に対する質疑に臨みました。論点として、復興庁の後継組織、福島県から他県への避難者への対応、風評払拭の取り組み、原発事故の収束・廃炉への取り組み状況、復興五輪など現下の様々な問題が取り上げられました。「復興の完遂」という共通の願いに向けて立法府のチェック機能を果たす良い質疑でした。19日(火)には参院復興特で、新年度予算の委嘱審査の形で質疑がありました。この間、衆院本会議も逐次開催され、年度末に向けて成立が求められる内閣提出法案の趣旨説明や採決が順調に進んでいます。

 15日(金)に復興庁で30年度のハンズオン支援事業の成果報告会(2日目)に出席しました。民間企業から政策調査官として出向頂き、復興を支援頂いているスタッフが中心となり、被災地の中小企業の販路開拓を伴走式に支援する取り組みです。今年度は地元の商工会議所・商工会とタイアップし、水産加工業に限らず幅広い業種を対象に商品開発・PR方法の改善など具体的に取り組み、堅実な成果を挙げており、心強く感じました。このようなソフト事業は将来の地方創生にもつながる復興庁の成果だと思います。

 17日(日)は地元で遠藤富山大学学長の退任記念講演会と高岡市の小関元県医師会副会長の叙勲祝賀会のほか、瘧師県議の事務所開きに出席しました。選挙の春を迎えています。

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国政報告(第468号)

 3月11日(月)、東日本大震災の発生から8周年の日は宮城県石巻市で追悼式典に出席しました。亡くなられた方々に哀悼の誠を捧げ、被害に遭われた方にお見舞いを申し上げ、これまで一歩ずつ進んできた復興の道程を踏まえ、未来に向けて努力を続けるべく、思いを新たにしました。

 先週に戻って、8日(金)の朝、閣議に先立ち、官邸で復興推進会議が開催され、「「復興・創生期間」における東日本大震災からの復興の基本方針」の改定案が承認され、閣議決定されました。2年後の3月末に設置期限を迎える復興庁の後継組織については、「復興庁と同じような司令塔として各省庁の縦割りを排し、政治の責任とリーダーシップの下で」復興を成し遂げるための組織を置くこととされました。昼過ぎに、衆議院の東日本大震災復興特別委員会にて平成31年度予算案の概要を説明し、地元に戻りました。

 9日(土)は、党砺波市連女性部総会荒井公夫さんの叙勲祝賀会に出席の上、最終の新幹線で上京し、翌10日(日)ははやぶさ1号で宮城県に向かいました。出張先の宮城県では、石巻市の復興公営住宅4456戸の最後となる「市営新西前沼第3住宅」の完工式で祝辞を述べた後、亀山市長・木村議長にご案内頂いて、半島部・沿岸部を2年ぶりに訪ねました。まずは昼食を兼ねて牡鹿半島蛤浜のCafeはまぐり堂に立ち寄りました。ご主人の亀山貴一さんから、震災で奥様を亡くされた悲しみの中から、水産高校教諭を辞して浜を臨む実家でお店を開き、これをベースに漁業やジビエ料理など地域づくりの様々な活動に打ち込み、域外から若者を受け入れて頑張っておられるお話を伺いました。さらに、荻浜鮎川浜と漁業集落の高台移転や観光拠点整備の進捗状況を確認し、さらに女川町を経由して雄勝に入りました。中心の伊勢畑地区でも、消防署出張所や交番も高台移転を終え、拠点施設の建設が進んでいました。一方、浜ごとに海辺の集落が移転した跡の「元地」が利活用されずに残っており、石巻市内では60か所以上にのぼるそうです。この日の最後は北上で、多くの児童が津波の犠牲になった市立大川小学校にて黙祷の後、海辺の長面地区の土地嵩上げ事業の進捗を確かめ、北上川を渡って高台に造成された拠点地域を訪れました。このように、石巻市の半島部・沿岸部でも復興事業が立ち上がり、あと2年間での完成を目指しています。

 11日は前日の晴天とは変わって雨が降り続く中、東松島市の宮戸島・野蒜地区を渥美市長に同行頂き、韓国式トレッキング「オルレ」のコース、「移転元地」をKDDIエボルバ社に貸し出し、地域の障害者を雇用してミニトマト等を栽培する例、そして旧野蒜小学校を防災体験施設として再生させた例を見学しました。次いで、冒頭の追悼式典に参列し、16回目の出張を終えました。

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国政報告(第467号)

 3月に入り、富山は昨年とは打って変わって、少雪のまま春を迎えそうな気配です。来週には東日本大震災の発災から8周年となるため、被災地の現状の報道が増えているように思います。改めてお亡くなりになった多くの方々を追悼し、被害に遭われ、未だ避難を余儀なくされている方々のご苦労に思いを致し、一歩一歩、復興・創生を着実に進めていく決意を新たにします。

 先週の2月27日(水)夕刻、私の前任の高岡市長だった故佐藤孝志様の通夜に参列し、4期16年、市の行財政改革に尽くされ、歴史文化都市の礎を築かれた業績を偲びました。一方、渡辺大臣が官邸で安倍総理と面会され、設置期限を2021年3月末に控える復興庁の後継組織について指示を頂きました。引き続き、政治の責任とリーダーシップの下で復興を進める司令塔機能を持った組織を置くよう検討するようにとの事で、被災地や各方面からのご意見に沿った方向で進んでいくものと思います。28日(木)は、日本経団連に続き、日本商工会議所の三村会頭ほか皆様と復興庁の渡辺大臣との面談に同席し、これまでの復興への支援に感謝し、今後とも一緒に取り組んでいこうと語り合いました。

 3月1日(金)は、新年度予算案を年度内成立させるために参議院に送付すべき最終日となりました。午後1時からの本会議では、野党側から毎月勤労統計の不適切な取り扱いを理由に根本厚生労働大臣の不信任決議案が提出され、これを処理した後、各委員会で予算案及び税制改正等の関連法案が順次可決されました。午後10時50分から本会議が再開され、2日(土)午前2時までかけて全議案を可決、参議院に送付できました。これで新年度予算の年度内成立が確定し、各自治体の事務にも支障が出ない事となりました。

 衆議院の予算審議を振り返ると、厚労省の統計問題が焦点となりましたが、事の本質は、役所内における統計部門の扱いが、人材面・財政面でなおざりにされており、幹部職員の問題意識が薄かった事にあるものと見ています。昨年の裁量労働制に係るデータの誤りにも通じる問題で、「業務の在り方」を見直す事が必要ですが、野党の追及は総理秘書官とのやり取りに力点が移り、本質論と今後の対策の議論が深まらなかったのが残念でした。

 睡眠不十分のまま、2日朝一番の新幹線で富山に戻り、酒井県議の事務所開き高木繁雄氏米澤博孝氏の叙勲祝賀会に出席3日(日)は南砺市福野地区で開催された石破先生の後援会総会に出席の後、夕刻は党井口支部で国政報告の機会を頂戴しました。

 4日(月)朝に上京し、衆議院の議員会館地下の食堂前で開催された恒例の「復興フェア」にて渡辺大臣とともに大島議長・高市議院運営委員長をお迎えしました。被災地を「知って・食べて・来てもらう」姿勢でこれからも復興の現状のPRに努めます。

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国政報告(第466号)

 24日(日)に国立劇場で天皇陛下御在位30周年記念式典が挙行され、25日(月)は夕刻に皇居で茶会が催され、26日(火)には衆議院本会議にて御在位30周年をお祝いする賀詞が議決されました。64年に及んだ昭和から平成と元号が変わって30年余、式典での陛下のお言葉を拝聴しながら、春の御代替わりに向けて「一つの時代」が終わりつつある感を強く持ちました。戦争が無く平和だったものの、阪神淡路大震災、東日本大震災を始め自然災害に多々見舞われたこと、その折に天皇・皇后両陛下が精力的に被災地を見舞われ、多くの国民を元気付けて頂いたことなど、両陛下への感謝の気持ちをもって思い起こされます。新たな時代にも我が国が発展を続けていくよう、国会としても努力しなければなりません。

 先週に戻って、21日(木)朝、党の東日本大震災復興加速化本部総会が開かれ、来月に改訂が予定されている「復興・創生期間」における東日本大震災からの復興の基本方針の行政側の案を審議頂きました。出席の各先生から、現場の声に即したご質問・ご意見を承り、2年後の復興・創生期間終了後の組織・財源など推進体制の検討に反映させていく事としています。26日には復興庁の審議会組織である復興推進委員会の第29回会合も開催され、有識者や内堀福島県知事始め被災3県からもご意見を頂きました。内閣総理大臣を長とし、担当の復興大臣を専任の大臣として各省庁に対して司令塔機能を持ち、現地にもワン・ストップの窓口となる復興局を置いて強力に進めてきた取り組みを今後どのような形で継承し、復興を完遂していくのか、慎重に検討しています。

 また、26日午後には渡辺大臣に随行して日本経済団体連合会を訪問し、中西会長ほか幹部の皆様に、これまでのご協力を感謝申し上げ、人材派遣や被災地への進出など引き続きの取り組みをお願いしました。今後、他の経済団体にもお願いする予定です。

 23日(土)は地元に日帰りし、統一地方選に向けた武田県議の事務所開きに顔出しの後、川村高岡商工会議所会頭の叙勲祝賀会に出席したのみで冒頭の皇室行事のため、在京が続きました。週明けも国会は衆議院で新年度予算案の審議が続き、26日の中央公聴会、27日(水)の各省庁ごとの分科会を経て、与党側としては週末の衆院通過を目指し、参院で予算を年度内成立させたい所です。

 目を海外に転じると、27日からのベトナム・ハノイでの米朝首脳会談、英国のEU離脱交渉難航による脱退期限延長の検討、そして先行きが注目される日露間の北方領土交渉、また、中国・韓国との関係など、変化が激しく、前途に予断を許さない状況が続いています。東西冷戦の終焉とともに始まった平成時代でしたが、5月1日(水)から始まる新たな時代の国際社会の在り様にも目を凝らしつつ、発災8年を超えて復興の現場で努力していきます。

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国政報告(第465号)

 15日(金)夕方に東京を発ち、仙台で宿泊して16日(土)は利府町浜田地区で「浜まつり」に出席しました。朝は宮城県南部の山元町へ伺い、JR常磐線坂元駅前にオープンした農産物直売所「夢いちごの郷」に立ち寄りました。二年半前の副大臣就任時にはまだ鉄道も海側から移設・復旧途上で、駅前には何も無かったのが、今では街らしくなり、特産の苺を始め、加工品や新鮮な野菜も販売され、朝から大勢のお客さんで賑わっていました。次いで高速道路を北上し、津波被害を受けた浜田・須賀地区の復興完了を祝い、牡蠣の旬に併せて開催された「利府町浜まつり」で祝辞を述べました。地元の伊藤信太郎代議士のほか、党青年局の小林史明局長代理始め「チーム11(イレブン)」の皆さんもお祝いに駆け付けました。チーム11は、東日本大震災の折、当時の小泉進次郎青年局長の発案で、毎月11日に被災地へ出向き、復興に向けて様々な支援活動に携わる取り組みです。今回は元参議院議員の熊谷町長にエールを送ってくれました。イベントは、浜田出身の加藤久元サッカー日本代表が町の観光大使に任命され、復興支援のご当地アイドル「みちのく仙台ori姫隊」も出演し、大勢の人出で盛り上がりました。

 昼食は塩竃市でホヤの消費増大に取り組む「ほやほや屋」で、店主の佐藤さんから様々なホヤの調理法を伺いながら済ませ、仙台から新幹線を乗り継いで3時間半で新高岡に到着、坂林高岡市議会副議長の就任祝賀会に出席しました。17日(日)は4月の県議選に臨む薮田川島八嶋3陣営の集会に顔を出し、中屋前滑川市長横堀前射水市議会議員の叙勲祝賀会から向川南砺市議会議長就任祝賀会まで、あっという間の一日でした。

 18日(月)朝に戻った永田町では、衆院予算委員会での新年度予算案の審議が進んでおり、19日(火)には北海道・長野県で地方公聴会が開催されました。議論の焦点は毎月勤労統計の不適切な調査手法や児童虐待防止の取り組み強化などですが、月末にベトナム・ハノイで開催予定の米朝首脳会談、波高い日韓関係、出口の不透明な英国のEU離脱問題など外交の諸情勢も流動的であり、経済に与える影響も懸念されるなど、国政全般に様々な課題があり、幅広い議論が期待されます。

 目下、復興庁では来月に予定される「復興の基本方針」の見直しに向け、三県知事や有識者からなる復興推進委員会や与党での議論を踏まえ、成案に向けて作業を進めています。海外諸国のこれまでのご支援に感謝し、現状を伝えるべく、政務三役の在京大使館への訪問活動も始めました。来月11日には発災8周年となりますが、更なる前進に努力します。19日夜、富山県JA青壮年部の皆さんとの意見交換会に出席、様々な経営努力をされているお話に感銘を受けました。足元の課題の解決にも努力していきます。

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国政報告(第464号)

 10日(日)の党大会を中日にしての三連休は、寒波の影響で冷え込みましたが、心配された積雪は大事にはならず、このまま今年は昨年のような豪雪には見舞われずに推移しそうです。

 先週末の8日(金)は早めに東京を出て、夕刻に富山市で社会保険労務士制度50周年の記念式典に参列しました。6年前の総務大臣政務官在任時に、各種申請手続きの電子化推進の立場からハローワークや年金事務所の現場にも伺い、当局と社労士会との話し合いを推進した思い出を挨拶で話しました。近年は電子申請の比率が着実に上昇し、添付書類の省略など企業側の事務省力化にも寄与しているようです。9日(土)は堂故先生を励ます会呉西郵便局長会党小矢部市連新年会と出席して最終のはくたかで上京しました。

 党大会では、谷垣前総裁が自転車事故からリハビリで回復され、車椅子ながら元気な声で挨拶されました。恒例の安倍総裁の政策演説と併せて、野党時代の反省と努力、政権復帰の際の初心も思い出され、党の多様な面をアピールできたと思います。国際情勢に不透明感が強く、成長戦略と財政再建にも細心の注意が必要な局面で、統一地方選と参議院選挙を控え、緊張感を持って課題解決に臨んでいく必要があります。折しも10日は復興庁発足から7年目となり、設置期限(2021年3月末)後の在り方の検討状況について全国紙でも報道がなされました。昨年末、渡辺大臣の指導の下に取りまとめた「復興・創生期間後も対応が必要な課題の整理」をベースに、被災地を始め各界のご意見を承りながら、復興推進委員会で議論頂いており、良い結論が出せるよう努力していきます。

 11日(月)は朝一番のかがやき・つるぎで新高岡に戻り、中村治平元氷見市議の叙勲祝賀会党砺波市連立春の集いに出席し、12日(火)朝には再び上京と、慌ただしい週末でした。

 通常国会は、8日から衆院予算委員会で新年度予算の審議が始まり、13日(水)まで3日間・21時間の基本的質疑を終えました。14日(木)・15日(金)と衆院本会議にて国税・地方税の新年度改正案の法案も趣旨説明を終え、来週は19日(火)に地方公聴会がセットされるなど佳境に入ります。毎月勤労統計の不適切な調査の問題や外交の諸課題に加え、児童虐待防止の具体策も主要な論点となり、議員側からも提言が寄せられています。引き続き、本予算の年度内成立を目指し、精力的な審議が続きます。

 また、13日には富山・岐阜両県主催の東海北陸自動車道の全線四車線化を求める緊急集会があり、石井・古田両県知事、綿貫先生、岐阜選出の大野参議院議員とともに私も早期実現を訴えました。今年度末に飛騨清見までの南側の工事が終わることから、以北の区間の早期整備を願っています。16日(土)は宮城県に出張にて、次号で報告します。

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