国政報告

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国政報告(第452号)

 11月も半ばとなり、国会周囲の銀杏の葉も大分黄色くなってきました。臨時国会も召集から3週間を経過し、13日(火)の衆院本会議では、焦点となっている出入国管理法等改正案の趣旨説明・質疑がありました。長期にわたる緩やかな景気回復と人口の高齢化に伴う労働需給のひっ迫を受け、全国各地で様々な業種において深刻な人手不足に悩む実情があります。女性・高齢者の活躍の場を拡げるだけでは追い付かず、本法案により、一定の要件を満たす外国人労働者に在留資格を与えて受け入れる制度を創設しようとするものです。政府答弁では、制度の対象となる希望があるのは14業種とされており、それぞれに今後5年間の受け入れ予定を見積もり、近日中に公表するとされています。野党側からは、公表後でなければ具体的な審議に入れないとの意見や、既存の外国人研修生制度の問題点への対応が先決との意見が出ています。人手不足への対応の必要性については、大方の一致する所と思われ、出入国管理の適正な運用や外国人労働者の労働基準の保持といった論点を整理し、今国会での成立を期し、政府としても努力すべき局面です。

 さて、先週末の9日(金)は、福島県のアンテナショップ「日本橋ふくしま館(ミデッテ)」にて農業高校の皆さんの出張販売を激励し、富山に向かいました。10日(土)は、党射水市連作道支部総会の後、歯科医師の先生方で組織頂いている私の後援会にて東北の復興の現状をお話しする機会があり、被災地へ引き続き想いを寄せて頂くようお願いしました。秋晴れの11日(日)は、桜井小矢部市長の4選を目指す出陣式で挨拶の後、山形3区の加藤鮎子代議士をお招きした富山県第3選挙区女性部の年1回の講演会に参加しました。ご自身が政治と関わったきっかけから、我が国の政治分野での女性活躍の現状、さらにはご自身の経験を踏まえ、将来の変化への期待を真摯に語って頂きました。夕刻には南砺市城端の善徳寺の修復工事竣工式に出席し、桜井市長の無投票当選のお祝いは翌日が在京当番のため失礼して新幹線で上京しました。

 今週は新年度予算の編成作業が佳境に入る時候でもあり、各種団体の全国大会が相次いで開催され、首長さんを始め地元関係者も多数上京されています。13日朝には北陸経済連合会役員と北陸3県選出国会議員との懇談会や全国史跡整備市町村協議会、全国漁業者大会と顔を出す間に、沖縄振興調査会・美ら島議連の合同会議で新年度の税制改正要望をまとめました。14日(水)も、日本海沿岸地帯振興連盟総会、地すべりがけ崩れ対策都道府県協議会総会、全国市長会役員の皆さんとの意見交換会と出席する一方、復興庁にて東北市長会の谷藤会長(盛岡市長)ご一行の要望に副大臣として応対しました。引き続き、新年度の予算・税制のとりまとめに向け、持ち場で役割を果たすべく努力していきます。

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国政報告(第451号)

 臨時国会も審議が進み、昨7日(水)には補正予算が参議院本会議で可決成立しました。西日本豪雨や大阪北部地震・北海道胆振東部地震からの復旧・復興を主眼に、全国の小中学校の教室へのクーラー設置費用も盛り込まれています。富山県では、市町村にて後者への対応が本格化するでしょう。今後については、出入国管理法等改正法案が焦点となっていますが、併せて漁業法改正案や人事院勧告に対応した公務員給与引き上げ法案も提出されており、各委員会で審議が進むものと思います。復興庁でも衆参の特別委員会に対応して参ります。

 11月に入り、東京でも銀杏が色付き始めましたが、先週末の富山の冷え込みには驚かされました。3日(土)は、文化の日らしく快晴の下、南砺菊祭りの開会式に出席し、午後は高岡市二上地区の万葉社会福祉センター祭りで挨拶しました。会場入り口で、市立万葉小学校5年生の皆さんがボランティアで出迎えて下さり、ほのぼのした気分になりました。4日(日)夕刻、四方県議の後継として来春の県議選に立候補を決意した八嶋浩久さんの後援会設立総会に出席後、上京し、5-6日(月-火)は復興庁の在京当番でした。

 5日(月)朝は、南砺市太美山地区の皆さんが国会を来訪されました。国政に携わる機会を得てから4度目の激励を頂き、深く感謝しています。また、党高岡市連青年部の有志の皆さんも進展著しいIoTの現状について、総務省の担当者を講師に勉強会を持たれました。また、7日(水)には高岡土地改良協議会の農水省濱村政務官への要望に同行したほか、高岡市議会自民同志会の皆さんが復興庁を訪問され、復興の現状について担当官のレクチャーを受けて頂きました。震災の発災からやがて7年8か月、宮城県では仮設住宅に残る方が1,632人まで減少し、大方の自治体では「住まいの復興」に一定の目途が立ってきています。一方、コミュニティの再生や生業(なりわい)の復興は道半ばであり、まして原子力災害の影響を強く受けている福島県の浜通りではようやく避難解除を受けた地域で復興が本格化しようとしている段階です。また、農林水産品や観光などの面で風評被害が払拭されたとは言い難い実情です。復興庁でも「知ってもらう・食べてもらう・来てもらう」の3本柱で「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」を展開しており、被災地の実情に関心を寄せて頂けるのはありがたい事です。

 6日(火)には、復興五輪担当副大臣としてオリンピック・パラリンピック組織委員会の布村副事務総長にご挨拶しました。県人の先輩であり、これまでにも聖火リレーの起点を福島県にして頂き、野球・ソフトボール(福島県)、サッカー(宮城県)の試合を被災地で一部実施予定として頂くなどお世話になっています。「復興五輪」という前回には無かった新たな担務にも努力して行きます。

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国政報告(第450号)

 この国政報告は50号毎に小冊子にしており、本号で9冊目となります。振り返れば、昨夏に復興副大臣を退任し、4期目に入らせて頂いて副幹事長、予算委員会理事、選挙対策委員会事務局長など党務と国会審議に汗をかき、通常国会では7本の議員立法に関わりました。各種選挙については、新潟県知事選の勝利を受けて9月に4週間駐在して臨んだ沖縄県知事選は8万票差の敗戦に終わりました。深い反省の中、改めて復興副大臣を拝命し、再び東北・東京・富山を行き来する毎日が戻ってくるまで、小泉代議士と取り組んだ国会改革の提言、中国・東南アジア訪問、6年ぶりの総裁選など多くの経験が詰まった一年間でした。地元で支えて頂いている皆様始め、様々な方々のご厚意は、感謝に堪えません。今後は500号・「国政10年」の節目に向かい、努力して参ります。

 今週の国会は、10月29~31日(月~水)に衆参で2日間づつ各党の代表質問がありました。内政では来年10月の消費税引き上げに係る諸政策、外交では最近変化に富むロシア、中国、韓国、北朝鮮への対応、そして安倍総理の提起する憲法改正を巡り、論戦が交わされました。ついで11月1日(木)からは、当面の災害復旧・復興と学校へのクーラー導入支援を柱とする補正予算案の審議が衆院予算委員会で始まりました。この後は、12月10日(月)までの会期内に、外国人人材の受け入れ、漁業政策の改革、人事院勧告への対応、日EUEPA批准などの案件処理が課題です。

 一方、復興庁の業務では、4度目の出張にて30日夜に仙台に入り、31日は宮城県の岩沼市丸森町山元町松島町、塩竃市、七ヶ浜町と6市町を訪問し、近況を伺いました。いずれも、「住まいの復興」はほぼ終わり、首長さんたちの思いも、生業(なりわい)の振興を含め、復興から新たな地域づくりへと、より前向きになっていました。一方、丸森町など県内内陸部に東電福島第一原発の事故に起因する放射性廃棄物が残存しており、その処理が依然として課題であることを認識し、宮城県はもとより所管の環境省と連携して対応しなければ、と痛感した次第です。塩竃市では、地元企業と東京等の企業担当者との語り合いを通じて商売のマッチングを図る「結の場」の23回目に主催者(復興庁・塩竃市)代表として出席、挨拶しました。帰京後、キャリー・ラム香港行政長官の公式訪日に際してのレセプションに渡辺大臣、加藤次官ともども出席しました。香港は今般、日本からの農林水産物の輸入規制を一部緩和しており、御礼と併せ、福島県に係る輸入停止措置の見直しを要請しました。

 先週末は、高岡市で裏千家淡交会の北陸・信越地区大会に出席山本徹県議の後援会総会福島小矢部市議会議長の就任祝賀会にも顔を出しました。東京では30日夕刻に県JA青年部の役員の皆さんとの恒例の懇談会にも出席し、秋本番の活動が続いています。

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国政報告(第449号)

 猛暑、台風と激しい夏をもたらしたお天気も最近はすっかり秋らしくなり、東京も銀杏が次第に色づく毎日です。臨時国会も始まり、会館、議事堂、復興庁を行き来しながら仕事を進めています。

 先週末は18日(木)の夜に富山に戻り、19日(金)の朝、富山市で開かれた第26回全国消防操法大会の開会式に出席しました。各県代表の消防団の精鋭が集う本大会は、2年に一度、地方で開催されており、高野県消防協会長(現県議会議長)や県庁が誘致に努められました。私も党政調の総務部会長として、当時は各方面への要望に同行しており、県代表の砺波市消防団庄下分団がポンプ車の部で準優勝した事と併せ、嬉しい日でした。その後、南砺市に向かい、田中市長、武田県議ほか県・市の皆さんと金沢福光連絡道路の現道を実地で見学しました。福光地区から太美山地区・刀利ダムを経由し、金沢市の湯涌温泉近くへ抜ける本路線は、県境前後の幅員が狭く、冬季は通行止めとなる状態です。南砺・金沢両市の関係者が通年の往来を可能にするべく、バイパス等の整備を求めて長く運動を続けておられ、一度現状を確かめようと伺った次第です。刀利ダムから先は石川県・金沢市の関係部局に案内頂き、沿線自治会の皆さんにもお会いしました。まずは円滑な対面交通に資する退避場所の整備から進めるとする富山県の新方針を一歩前進と受け止め、粘り強く取り組んでいきます。夕刻には、県経済同友会例会にて北海道開発庁時代の上司の小磯修二さんが講師で来県され、地方創生をテーマとした講演を拝聴し、歓談の機会を得ました。

 20日(土)は翌日告示の氷見市議会議員選挙に我が党推薦で立候補予定の14陣営を堂故参議院議員、四方・薮田両県議とともに激励しました。21日(日)は高岡市吉久地区の「さまのこアート」の催しに顔出しの後、四方県議の後援会総会に出席、来春の県議選に向け、八嶋浩久氏へのバトンタッチが承認されました。

 22日(月)は早朝から宮城県へ2度目の出張となり、渡辺大臣に随行して名取市閖上地区東松島市野蒜地区女川町中心部石巻市門脇地区新蛇田地区と4市町を訪問、各首長に1年ぶりにお会いしました。いずれも住まいの復興が進展して最終段階を迎えており、新たなまちづくりへの意気込みを伺うことができました。石巻では、災害公営住宅で町内会づくりに取り組む皆さんのお話も聴き、コミュニティ再生支援の取り組みの必要性を確認しました。その後、大臣と別れて仙台に戻り、宮城県市長会の佐藤会長(塩竃市長)、菊地多賀城市長、大友角田市長のご要望を受けました。

 24日(水)に第197国会(臨時会)が召集されました。開会式後の安倍総理の所信表明演説では、「創造と可能性の地」としての東北を創り上げていく決意が述べられました。復興庁の一員として、その実現に努力していきます。

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国政報告(第448号)

 週明けの15-6日(月-火)と、復興副大臣着任後初めて宮城県を訪問しました。現場を訪ね、課題を把握し、解決に務めるという仕事の基本線で取り組んでいきます。

 先週末に復興庁で各担当の業務の現状について一通り説明を受け、12日(金)夜に富山に戻りました。13日(土)朝は高岡市吉久地区に㈱高岡市衛生公社が整備された「TEKリトルパーク」のオープニングに出席しました。万葉線㈱に残されていた、戦後間もなく活躍した5000系電車を引き取り、見事に修復、展示に至ったものです。この電車は、廃線されてしまったかつての射水線も通って、高岡と富山を往復していた花形です。現役を退いてからは除雪車として活用された後、廃車状態となっていました。朽ち果てさせるのは惜しいと関係者から声が上がっていた所、衛生公社さんにて引き受けられ、JR関係者の協力を得て昔の姿に戻して頂きました。併せて、公園の前面は道路の拡幅に協力され、吉久電停が安全な島式に整備されました。吉久地区の街並みが、国の重要伝統的建造物群の指定を目指している折、民間の力で地域に名所ができ、安全も確保されたことは嬉しく、感謝の挨拶をさせて頂きました。夕刻は、酒井県議の集会に出席し、来春の県議選に向けて皆で激励しました。

 14日(日)は新湊かにカニ白えび海鮮祭り陸上自衛隊富山駐屯地56周年記念式典国道471号利賀大橋竣工式など顔を出し、15日は大宮で北陸新幹線から東北新幹線に乗り換えての東北出張となりました。初日は宮城県南三陸町気仙沼市、2日目は仙台市亘理町利府町と庁舎を訪問し、村井知事始め各首長さん方にお会いしました。1年2か月ぶりの宮城県でしたが、この間に復興が着実に前進し、とりわけ仮設住宅に避難を余儀なくされている方が2千人台となるなど、「目に見えて」進んでいる事を実感しました。要望でも、復興庁の設置期限の平成32年度末以降の住民のケアや産業振興などソフト系の取り組みへの国の財政支援継続を求める声が強く出ました。三陸縦貫道路も南三陸町から気仙沼市へと供用区間が伸び、昨春に本設のオープンに立ち会わせて頂いた南三陸さんさん商店街の来店者数が早くも100万人を突破するなど、復興から新たなまちづくりへと前進する姿に感銘を受けました。一方、防潮堤などこれから工事を進捗させなければならない個所もあり、気を抜くことなく、事業全般の状況把握に努めたいと思います。「復興五輪」に向けては、サッカーの会場となる利府町から、県内市町村のPRブース設置の提案があり、大会運営上、許容されること、されないことのガイドラインを早期に示してほしいと要請を受けました。このように、被災地の現場から出てくる情報を庁内で共有し、対処していきます。

 臨時国会の24日(水)召集が確定しました。来週からは議事堂の中の動きも併せてお伝えしていきます。

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国政報告(第447号)

 本号からは、復興副大臣としての国政報告となります。まずは5日(金)に官邸で安倍総理ほか各閣僚がメンバーの第21回復興推進会議に出席しました。復興の現状が報告され、更に加速化に向けて努力することとされました。次いで復興庁にて土井前副大臣との新旧交代式に臨みました。昨年8月に渡したバトンを再び受け取ることとなり、土井前副大臣の尽力に感謝しつつ、各省庁に横串を刺す復興庁の機能を大いに発揮して頑張っていこうと、幹部職員の皆さんに挨拶しました。大伴家持卿が越中国司として赴任して最初に詠んだ歌、「秋の田の 穂向き見がてり 吾が背子が ふさ手折りける 女郎花(をみなえし)かも」を朗唱し、仕事に入りました。

 主担当となる宮城県など現地への出張は準備を整えて、ということで、5日夜に地元に戻り、6日(土)は高岡市伏木で恒例の大伴家持卿顕彰祭に参列し、29回目を迎えた万葉集全二十巻朗唱の会に参加するなど、万葉集一色の日になりました。家持卿は現在の宮城県多賀城市で生涯を終えており、菊地市長さんとは私の市長在任中からのお付き合いがあります。復興の仕事は家持卿のご縁とも感じています。心配された台風25号の影響もあまり大きくないまま、明けて7日(日)は射水市で県看護連盟の集会に出席し、来年夏の参議院選挙に比例区で再選を目指す石田昌弘参議院議員の講演を聴きました。看護師の皆さんの働き方改革について、具体的な例を挙げたお話が心に残りました。祝日の8日(月)は富山市で県私立幼稚園・認定子ども園大会税理士政治連盟の国政報告会に出席するなど、久しぶりに地元の空気をいっぱい吸い込みました。

 9日(火)朝に上京し、復興庁での所管事項説明が始まりました。昨年8月以来の動きをフォローし、党に戻っていた間の変化の把握に努めています。ハードの整備は着実に進んでおり、住まい・なりわいなどソフト面の課題も時間の経過に伴い変化しています。「新しい東北」という、創造的復興の実が挙がるよう、また、本格的復興の時期に入ったとされる福島での諸事業の進捗を図っていきます。この間、10日(水)には高岡市の高橋市長、狩野議長、11日(木)には南砺市福光南部地域の皆さんが激励に訪問下さり、元気を頂きました。また、10日夜には国土交通省富山県人会の集いがあり、綿貫先生、野上副長官、石井知事ほか県庁の皆さんとご一緒しました。東北地方整備局に復興事業の執行面で尽力頂いていることに御礼を述べました。

 一方、臨時国会は24日(水)召集の見込みとなり、政府では今夏の水害や北海道胆振東部地震への対応と学校の冷房設置・ブロック塀対策を主体とする補正予算の編成が進められています。私たちも、衆参の復興特別委員会での所信質疑への心積もりなど、国会での議論への準備を含め、仕事を進めていきます。

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国政報告(第446号)

 9月にほぼ一か月間滞在した沖縄県那覇市を台風24号接近に伴い、27日(木)の夜に空路出発し、佐喜真選対に詰めた毎日が終わり、候補の勝利をひたすら願って週末を過ごしました。しかし、30日(日)夜の開票結果は316千票を獲得したものの、相手候補に8万票の大差をつけられての厳しい敗北となりました。与党・維新支持層をがっちり固めて取り込む戦略は、「無党派層、女性、高齢者」へのアクセスが不足する結果となり、私自身も相手の運動の実態も捉えられない選挙戦となった点、猛省しています。元来、私たちを支持頂いている関係先ばかり接触・お願いしたため、そうでない立場の方に会うことがほぼ無く、相手方優勢との世論調査の結果も信じないままに投票日を迎えてしまったこと、悔やまれてなりません。同日選挙となった宜野湾市長選で、佐喜真氏後継の松川前副市長が当選したのがせめてものプラス要素でした。

 台風一過の10月1日(月)、出身校である富山県立高岡高校の創立120周年記念式典・関連事業に参加して、2日(火)に上京しました。同日発足した第4次安倍改造内閣では、宮腰県連会長が沖縄・北方ほか担当大臣として初入閣され、野上官房副長官が留任となりました。富山県選出国会議員の大臣就任は13年ぶりで、担当分野も一億総活躍、消費者行政、行政改革など多岐にわたり、縦横無尽のご活躍を期待する次第です。

 私自身は、今回の人事に当たり、国会対策委員会を第一希望として申告しましたが、3日(水)夕刻に菅官房長官から電話があり、復興副大臣への再任を要請され、即刻受諾しました。平成21年の初当選以来、人事については命に従うことを基本にしており、自分の頭の中を急遽沖縄から東北に切り替える事になりました。4日(木)朝10時15分に官邸に集合し、他の副大臣と一緒に皇居での認証式に臨みました。次いで、午後1時30分からの副大臣会議があり、復興庁へは1年2か月ぶりに午後4時30分に登庁、渡辺大臣から「総括・宮城・復興五輪担当」との指示書を頂き、昨年8月以来の「復興庁での毎日」がまた戻ってきました。

 東日本大震災から7年半が過ぎ、岩手・宮城の地震・津波被災地域では、ハード面での復興事業は「仕上げ」の局面にあります。前回、副大臣に就任した際に14万8千人を数えた避難者が5万7千人に減少し、岩手・宮城では仮設住宅の解消が着実に進んでいます。一方、東京電力福島第一原子力発電所の事故に起因する放射能汚染に見舞われた福島県では、浜通りの復興がようやく「本格化」する段階にあります。このような被災地の現状に鑑み、被災された方々に寄り添う「現場主義」を基本に、2021年3月の復興庁設置期限後の行政の在り方も考えながら、心新たに緊張感を持って任務に当たる決意です。引き続きよろしくお願い致します。

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国政報告(第445号)

 引き続き、沖縄県知事選の応援で那覇滞在が続き、今日(25日(火))はいったん東京に戻ったので、国政報告を綴っています。18日(火)に那覇に入り、20日(木)は総裁選の投票のため、日帰りで東京に出てきました。知事選は既に投票日まで後4日間を残すのみとなり、台風24号が28日(金)にも沖縄に影響しそうな気配で、終盤戦の様相です。

 総裁選は、安倍総裁が三選される結果となりましたが、私の応援した石破先生も党員票でほぼ45%の得票率と、事前の予想よりも善戦しました。都道府県別では、10県で安倍総裁を上回り、富山県もその中に入りました。沖縄駐在のため、私自身は全く運動できませんでしたが、地元では堂故参議院議員が頑張って下さり、私の事務所のスタッフなど関係者も努力頂いたお蔭で県内の党員投票に勝てました。皆様に厚く御礼申し上げます。県選出国会議員が東西で安倍・石破に3人ずつ分かれて臨みましたが、終わればノーサイドで安倍総裁の下、結束して政権運営に参画していきます。この総裁選を通じて、ある程度政策論争が展開でき、全通常国会で高まった国民の皆様の政治不信を幾らかでも和らげることができたものと思います。石破先生が立候補されたこと自体、我が党の幅の広さのアピールに資するものと考えます。この間、自民党の支持率が上昇し、新聞の政治面でも総裁選両候補の動静が連日詳しく報道されるなど、党勢の伸長に大いに寄与したと評価します。一方、石破先生が獲得した議員票は73票に留まり、3年後の挑戦に向けて、同僚議員の支持拡大が解決すべき課題となりました。

 沖縄県では、北は沖縄市、うるま市、名護市、南は糸満市、南城市、豊見城市と支部の激励や団体の集会への参加のために、沖縄自動車道等に乗って動き回り、ようやく土地勘が身に着きつつあります。9月下旬でも日中は30度を超え、東京・富山とは気候風土の異なる南国との印象を強く持ちます。この間、23日(日)は小泉議員が2度目の応援に駆け付けてくれたほか、竹下総務会長がほぼ連日常駐され、塩谷選挙対策委員長始め多くの国会議員に来援頂いています。24日(月)には富山県連から、米原、宮本、山本、奥野、川島の5県議と堀田女性部長が沖縄に入り、知人・企業を回ってくれました。佐喜真候補は真っ黒に日焼けし、疲れも見せずに精力的に活動されており、30日(日)の投票日には目的が達成できるよう選対本部も努力を続けています。

 さて、国政は総裁選を受けて来週(10月始め)には政府・党人事が予定され、10月後半には臨時国会が召集され、災害対策を含めた補正予算などが上程されるものと思います。外交も、日米、日露関係に進展が見られ、朝鮮半島の情勢も流動的です。次号からは新たな持ち場からの報告となる見込みです。

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国政報告(第444号)

 前号を綴った後、12日(水)朝、富山で実践倫理宏正会の式典に出席して富山空港から羽田経由で那覇に戻り、沖縄県知事選の応援活動に携わって17日(月)夜に東京に戻りました。明18日(火)からまた那覇に入ります。この間、13日(木)には知事選が告示され、17日間の選挙戦に突入しています。

 初日は朝7時、選挙事務所において必勝祈願の神事でスタートし、8時半からの出陣式で佐喜真淳候補を送り出しました。私自身も、候補者として選挙に臨む経験は積んできましたが、選挙事務所に毎日詰めて後方で支援するのは初めてです。改めて選挙活動が多くの支援者の協力で成り立っていることを痛感し、富山でお世話頂いてきた皆様のご苦労を想い、感謝しています。

 事務所への来客や党本部からの応援議員の応接や選挙活動の打ち合わせに始まり、沖縄県内の各所を訪問する毎日です。8月は富山も東京も暑く、かえって那覇の方が涼しく感じたこともありましたが、ここへ来て本州が秋めいてきたのに比べ、沖縄は日中の30度超えが普通で、「夏」が続いています。かりゆしを着て過ごすことが多くなりました。県内では、北は沖縄市やうるま市を通って名護市まで出向き、南も糸満市、南城市など土地勘が少しずつ身についてきました。復興副大臣として東北に通って地名を覚えたのと同じ感覚です。北部へ出向くと海も晴れるとエメラルド色に輝き、さすがはリゾート地だと実感します。今や観光客数がハワイを抜き、特に中国・韓国方面からのお客で那覇の国際通りなど中心部は連日盛況です。レンタカーが3万台以上走っており、交通渋滞が日常的に起きています。

 日本全体の景気上昇が沖縄にも波及し、有効求人倍率が1倍を超え、空路・クルーズ船による観光客入れ込みの盛況とITなど産業立地の進展で前進しつつある沖縄県。子どもの貧困対策、健康寿命の延伸、県民所得の引き上げ、普天間基地返還・日米地位協定改定など基地問題への対応など、様々な課題に向き合い、新たな未来を切り拓いていくリーダー役を是非、佐喜真さんに果たしてもらいたい、との思いで活動に携わっています。

 歌手の安室奈美恵さんの引退コンサートが宜野湾市で開かれた翌16日(日)、同期の小泉進次郎筆頭副幹事長が来援、那覇・浦添・豊見城の3か所で街頭演説してくれました。これまで様々な政治シーンで一緒に過ごす機会がありましたが、小泉議員の地方遊説に同行するのは初めてでした。各会場で当意即妙のアドリブを交え、聴衆と目線を合わせて共感を得る演説力に感銘を受けました。選挙戦は未だ序盤でこれからが気の抜けない頑張り所です。20日(木)は総裁選の投票に上京するものの、月末まで、知事選、宜野湾市長選のダブル勝利を目指し、南国で頑張ってきます。

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国政報告(第443号)

 沖縄県知事選の応援のため、那覇と東京・富山を往復するため、不定期な更新となります。前回は、北海道胆振東部地震の発災直後でしたが、その後、被害の全容が明らかになり、火山灰土壌の崩壊による山崩れ等で40人を超える方々がお亡くなりになりました。改めてご冥福をお祈り申し上げ、復旧への政府・地元の取り組みを応援して参ります。特に、北海道電力苫東厚真火力発電所の停止により、全道295万戸が一時停電となり、その後、復旧したものの電力供給量が不足する危険があり、計画停電発動の可能性が残っています。道電の泊原発が稼働していれば、ブラックアウトは防げたのでしょうが、残念ながら地層の性状が審査をクリアしておらず、厚真火力一か所に頼る電力供給システムが地震の影響をまともに受ける形となりました。泊原発に係る努力を含め、再発防止の取り組みが望まれます。今夏は水害も多発しており、全体として災害復旧のための補正予算編成が必要と思われます。

 地震への対策を優先し、7日(金)に立候補の届出を受け付けただけで運動が自粛されていた自民党総裁選は、10日(月)に安倍・石破両候補の演説会や共同記者会見が開かれました。私は沖縄駐在のため直に聴くことはできませんでしたが、今後、20日(木)の投票日まで、政策論議の深まりを期待しています。富山には石破候補が12日(水)に入る予定で、堂故先生にアテンド頂き、党員の皆さんに直接呼びかける機会となります。私は石破候補の推薦人となっており、皆様に支持をお願いしつつ、今後の党の前進に資する総裁選となるよう念じています。

 8日(土)に城岸一明前南砺市議会議員の叙勲祝賀会で祝辞を述べた後、新幹線・空路を乗り継いで深夜那覇に戻り、9日(日)から再び沖縄県知事選に向けて佐喜真候補の応援を続けています。9日は沖縄県内の多くの市町村で議員選挙があり、10日(月)から県知事選・宜野湾市長選に向けてムードが高まってきました。私も名護市、読谷村の支援企業にお願いに出向き、夜は宜野湾市での総決起大会に参加しました。自民党の二階幹事長、公明党の山口代表、日本維新の会の馬場幹事長が激励に駆け付け、松川宜野湾市長候補、翁長那覇市長候補、宜保豊見城市長候補も登壇し、佐喜真候補の必勝に向けて気勢を上げました。

 沖縄が1972年に日本に復帰して50年に近づきます。この間の先人の大変なご苦労によって、今日、145万人県民の生活・産業基盤の整備が進み、農水産業はもとより観光やIT関連産業などに発展する可能性が高まっています。基地負担の軽減も含め、沖縄の将来を切り拓くリーダーとして、人情味と芯の強さを備え、首長経験も積んだ佐喜真氏が最適と信じ、30日(日)の投票日まで、那覇に軸足を置いてしっかり応援を続けていきます。

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