国政報告

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国政報告(第469号)

 統一地方選が近づいてきました。各知事選は21日(木)、富山県議会議員選挙は29日(金)の告示で、4月7日(日)が投票日です。地元富山第三区の高岡市選挙区は定数7に対し、立候補予定者が同数のままで推移し、党市連として何とか6人目の候補者を擁立し、選挙戦に持ち込むべく渡辺支部長・山本支部長代行・畠幹事長を中心に努力してきました。16日(土)、瀬川侑希市議の貴重な決断を得て、党第三選挙区支部の米原支部長代行、四方幹事長にも同席頂き、記者発表の運びとなりました。空白地域となっていた高岡市南部を対象に、4人の市議(大井・福井・本田・酒井)に協力頂いて超短期間ですが、運動を展開していきます。私も第三選挙区支部長の立場で東京の公務・政務の合間を縫って応援しています。

 先週は、11日(月)に石巻市・東松島市への出張から戻り、12日(火)は東京オリンピックの500日前となり、福島県飯舘村と東京都江東区の小学生の交流イベント「ツナグ・ミライプロジェクト~みなでつなごう、みんなのミライ」のモニュメント交換会に出席し、挨拶しました。パナソニック株式会社の主催で、両地域の小学生が、自分たちの「ふるさと」の魅力を表現したモニュメントを制作し、交換しました。ICTを利用した遠隔授業で交流し、友情も深め合い、「復興五輪」のPRにも一役買ってくれました。

 13日(水)は参議院の東日本大震災復興特別委員会で大臣所信に続いて新年度予算の概要を説明し、14日(木)には衆院復興特で大臣所信に対する質疑に臨みました。論点として、復興庁の後継組織、福島県から他県への避難者への対応、風評払拭の取り組み、原発事故の収束・廃炉への取り組み状況、復興五輪など現下の様々な問題が取り上げられました。「復興の完遂」という共通の願いに向けて立法府のチェック機能を果たす良い質疑でした。19日(火)には参院復興特で、新年度予算の委嘱審査の形で質疑がありました。この間、衆院本会議も逐次開催され、年度末に向けて成立が求められる内閣提出法案の趣旨説明や採決が順調に進んでいます。

 15日(金)に復興庁で30年度のハンズオン支援事業の成果報告会(2日目)に出席しました。民間企業から政策調査官として出向頂き、復興を支援頂いているスタッフが中心となり、被災地の中小企業の販路開拓を伴走式に支援する取り組みです。今年度は地元の商工会議所・商工会とタイアップし、水産加工業に限らず幅広い業種を対象に商品開発・PR方法の改善など具体的に取り組み、堅実な成果を挙げており、心強く感じました。このようなソフト事業は将来の地方創生にもつながる復興庁の成果だと思います。

 17日(日)は地元で遠藤富山大学学長の退任記念講演会と高岡市の小関元県医師会副会長の叙勲祝賀会のほか、瘧師県議の事務所開きに出席しました。選挙の春を迎えています。

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国政報告(第468号)

 3月11日(月)、東日本大震災の発生から8周年の日は宮城県石巻市で追悼式典に出席しました。亡くなられた方々に哀悼の誠を捧げ、被害に遭われた方にお見舞いを申し上げ、これまで一歩ずつ進んできた復興の道程を踏まえ、未来に向けて努力を続けるべく、思いを新たにしました。

 先週に戻って、8日(金)の朝、閣議に先立ち、官邸で復興推進会議が開催され、「「復興・創生期間」における東日本大震災からの復興の基本方針」の改定案が承認され、閣議決定されました。2年後の3月末に設置期限を迎える復興庁の後継組織については、「復興庁と同じような司令塔として各省庁の縦割りを排し、政治の責任とリーダーシップの下で」復興を成し遂げるための組織を置くこととされました。昼過ぎに、衆議院の東日本大震災復興特別委員会にて平成31年度予算案の概要を説明し、地元に戻りました。

 9日(土)は、党砺波市連女性部総会荒井公夫さんの叙勲祝賀会に出席の上、最終の新幹線で上京し、翌10日(日)ははやぶさ1号で宮城県に向かいました。出張先の宮城県では、石巻市の復興公営住宅4456戸の最後となる「市営新西前沼第3住宅」の完工式で祝辞を述べた後、亀山市長・木村議長にご案内頂いて、半島部・沿岸部を2年ぶりに訪ねました。まずは昼食を兼ねて牡鹿半島蛤浜のCafeはまぐり堂に立ち寄りました。ご主人の亀山貴一さんから、震災で奥様を亡くされた悲しみの中から、水産高校教諭を辞して浜を臨む実家でお店を開き、これをベースに漁業やジビエ料理など地域づくりの様々な活動に打ち込み、域外から若者を受け入れて頑張っておられるお話を伺いました。さらに、荻浜鮎川浜と漁業集落の高台移転や観光拠点整備の進捗状況を確認し、さらに女川町を経由して雄勝に入りました。中心の伊勢畑地区でも、消防署出張所や交番も高台移転を終え、拠点施設の建設が進んでいました。一方、浜ごとに海辺の集落が移転した跡の「元地」が利活用されずに残っており、石巻市内では60か所以上にのぼるそうです。この日の最後は北上で、多くの児童が津波の犠牲になった市立大川小学校にて黙祷の後、海辺の長面地区の土地嵩上げ事業の進捗を確かめ、北上川を渡って高台に造成された拠点地域を訪れました。このように、石巻市の半島部・沿岸部でも復興事業が立ち上がり、あと2年間での完成を目指しています。

 11日は前日の晴天とは変わって雨が降り続く中、東松島市の宮戸島・野蒜地区を渥美市長に同行頂き、韓国式トレッキング「オルレ」のコース、「移転元地」をKDDIエボルバ社に貸し出し、地域の障害者を雇用してミニトマト等を栽培する例、そして旧野蒜小学校を防災体験施設として再生させた例を見学しました。次いで、冒頭の追悼式典に参列し、16回目の出張を終えました。

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国政報告(第467号)

 3月に入り、富山は昨年とは打って変わって、少雪のまま春を迎えそうな気配です。来週には東日本大震災の発災から8周年となるため、被災地の現状の報道が増えているように思います。改めてお亡くなりになった多くの方々を追悼し、被害に遭われ、未だ避難を余儀なくされている方々のご苦労に思いを致し、一歩一歩、復興・創生を着実に進めていく決意を新たにします。

 先週の2月27日(水)夕刻、私の前任の高岡市長だった故佐藤孝志様の通夜に参列し、4期16年、市の行財政改革に尽くされ、歴史文化都市の礎を築かれた業績を偲びました。一方、渡辺大臣が官邸で安倍総理と面会され、設置期限を2021年3月末に控える復興庁の後継組織について指示を頂きました。引き続き、政治の責任とリーダーシップの下で復興を進める司令塔機能を持った組織を置くよう検討するようにとの事で、被災地や各方面からのご意見に沿った方向で進んでいくものと思います。28日(木)は、日本経団連に続き、日本商工会議所の三村会頭ほか皆様と復興庁の渡辺大臣との面談に同席し、これまでの復興への支援に感謝し、今後とも一緒に取り組んでいこうと語り合いました。

 3月1日(金)は、新年度予算案を年度内成立させるために参議院に送付すべき最終日となりました。午後1時からの本会議では、野党側から毎月勤労統計の不適切な取り扱いを理由に根本厚生労働大臣の不信任決議案が提出され、これを処理した後、各委員会で予算案及び税制改正等の関連法案が順次可決されました。午後10時50分から本会議が再開され、2日(土)午前2時までかけて全議案を可決、参議院に送付できました。これで新年度予算の年度内成立が確定し、各自治体の事務にも支障が出ない事となりました。

 衆議院の予算審議を振り返ると、厚労省の統計問題が焦点となりましたが、事の本質は、役所内における統計部門の扱いが、人材面・財政面でなおざりにされており、幹部職員の問題意識が薄かった事にあるものと見ています。昨年の裁量労働制に係るデータの誤りにも通じる問題で、「業務の在り方」を見直す事が必要ですが、野党の追及は総理秘書官とのやり取りに力点が移り、本質論と今後の対策の議論が深まらなかったのが残念でした。

 睡眠不十分のまま、2日朝一番の新幹線で富山に戻り、酒井県議の事務所開き高木繁雄氏米澤博孝氏の叙勲祝賀会に出席3日(日)は南砺市福野地区で開催された石破先生の後援会総会に出席の後、夕刻は党井口支部で国政報告の機会を頂戴しました。

 4日(月)朝に上京し、衆議院の議員会館地下の食堂前で開催された恒例の「復興フェア」にて渡辺大臣とともに大島議長・高市議院運営委員長をお迎えしました。被災地を「知って・食べて・来てもらう」姿勢でこれからも復興の現状のPRに努めます。

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国政報告(第466号)

 24日(日)に国立劇場で天皇陛下御在位30周年記念式典が挙行され、25日(月)は夕刻に皇居で茶会が催され、26日(火)には衆議院本会議にて御在位30周年をお祝いする賀詞が議決されました。64年に及んだ昭和から平成と元号が変わって30年余、式典での陛下のお言葉を拝聴しながら、春の御代替わりに向けて「一つの時代」が終わりつつある感を強く持ちました。戦争が無く平和だったものの、阪神淡路大震災、東日本大震災を始め自然災害に多々見舞われたこと、その折に天皇・皇后両陛下が精力的に被災地を見舞われ、多くの国民を元気付けて頂いたことなど、両陛下への感謝の気持ちをもって思い起こされます。新たな時代にも我が国が発展を続けていくよう、国会としても努力しなければなりません。

 先週に戻って、21日(木)朝、党の東日本大震災復興加速化本部総会が開かれ、来月に改訂が予定されている「復興・創生期間」における東日本大震災からの復興の基本方針の行政側の案を審議頂きました。出席の各先生から、現場の声に即したご質問・ご意見を承り、2年後の復興・創生期間終了後の組織・財源など推進体制の検討に反映させていく事としています。26日には復興庁の審議会組織である復興推進委員会の第29回会合も開催され、有識者や内堀福島県知事始め被災3県からもご意見を頂きました。内閣総理大臣を長とし、担当の復興大臣を専任の大臣として各省庁に対して司令塔機能を持ち、現地にもワン・ストップの窓口となる復興局を置いて強力に進めてきた取り組みを今後どのような形で継承し、復興を完遂していくのか、慎重に検討しています。

 また、26日午後には渡辺大臣に随行して日本経済団体連合会を訪問し、中西会長ほか幹部の皆様に、これまでのご協力を感謝申し上げ、人材派遣や被災地への進出など引き続きの取り組みをお願いしました。今後、他の経済団体にもお願いする予定です。

 23日(土)は地元に日帰りし、統一地方選に向けた武田県議の事務所開きに顔出しの後、川村高岡商工会議所会頭の叙勲祝賀会に出席したのみで冒頭の皇室行事のため、在京が続きました。週明けも国会は衆議院で新年度予算案の審議が続き、26日の中央公聴会、27日(水)の各省庁ごとの分科会を経て、与党側としては週末の衆院通過を目指し、参院で予算を年度内成立させたい所です。

 目を海外に転じると、27日からのベトナム・ハノイでの米朝首脳会談、英国のEU離脱交渉難航による脱退期限延長の検討、そして先行きが注目される日露間の北方領土交渉、また、中国・韓国との関係など、変化が激しく、前途に予断を許さない状況が続いています。東西冷戦の終焉とともに始まった平成時代でしたが、5月1日(水)から始まる新たな時代の国際社会の在り様にも目を凝らしつつ、発災8年を超えて復興の現場で努力していきます。

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国政報告(第465号)

 15日(金)夕方に東京を発ち、仙台で宿泊して16日(土)は利府町浜田地区で「浜まつり」に出席しました。朝は宮城県南部の山元町へ伺い、JR常磐線坂元駅前にオープンした農産物直売所「夢いちごの郷」に立ち寄りました。二年半前の副大臣就任時にはまだ鉄道も海側から移設・復旧途上で、駅前には何も無かったのが、今では街らしくなり、特産の苺を始め、加工品や新鮮な野菜も販売され、朝から大勢のお客さんで賑わっていました。次いで高速道路を北上し、津波被害を受けた浜田・須賀地区の復興完了を祝い、牡蠣の旬に併せて開催された「利府町浜まつり」で祝辞を述べました。地元の伊藤信太郎代議士のほか、党青年局の小林史明局長代理始め「チーム11(イレブン)」の皆さんもお祝いに駆け付けました。チーム11は、東日本大震災の折、当時の小泉進次郎青年局長の発案で、毎月11日に被災地へ出向き、復興に向けて様々な支援活動に携わる取り組みです。今回は元参議院議員の熊谷町長にエールを送ってくれました。イベントは、浜田出身の加藤久元サッカー日本代表が町の観光大使に任命され、復興支援のご当地アイドル「みちのく仙台ori姫隊」も出演し、大勢の人出で盛り上がりました。

 昼食は塩竃市でホヤの消費増大に取り組む「ほやほや屋」で、店主の佐藤さんから様々なホヤの調理法を伺いながら済ませ、仙台から新幹線を乗り継いで3時間半で新高岡に到着、坂林高岡市議会副議長の就任祝賀会に出席しました。17日(日)は4月の県議選に臨む薮田川島八嶋3陣営の集会に顔を出し、中屋前滑川市長横堀前射水市議会議員の叙勲祝賀会から向川南砺市議会議長就任祝賀会まで、あっという間の一日でした。

 18日(月)朝に戻った永田町では、衆院予算委員会での新年度予算案の審議が進んでおり、19日(火)には北海道・長野県で地方公聴会が開催されました。議論の焦点は毎月勤労統計の不適切な調査手法や児童虐待防止の取り組み強化などですが、月末にベトナム・ハノイで開催予定の米朝首脳会談、波高い日韓関係、出口の不透明な英国のEU離脱問題など外交の諸情勢も流動的であり、経済に与える影響も懸念されるなど、国政全般に様々な課題があり、幅広い議論が期待されます。

 目下、復興庁では来月に予定される「復興の基本方針」の見直しに向け、三県知事や有識者からなる復興推進委員会や与党での議論を踏まえ、成案に向けて作業を進めています。海外諸国のこれまでのご支援に感謝し、現状を伝えるべく、政務三役の在京大使館への訪問活動も始めました。来月11日には発災8周年となりますが、更なる前進に努力します。19日夜、富山県JA青壮年部の皆さんとの意見交換会に出席、様々な経営努力をされているお話に感銘を受けました。足元の課題の解決にも努力していきます。

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国政報告(第464号)

 10日(日)の党大会を中日にしての三連休は、寒波の影響で冷え込みましたが、心配された積雪は大事にはならず、このまま今年は昨年のような豪雪には見舞われずに推移しそうです。

 先週末の8日(金)は早めに東京を出て、夕刻に富山市で社会保険労務士制度50周年の記念式典に参列しました。6年前の総務大臣政務官在任時に、各種申請手続きの電子化推進の立場からハローワークや年金事務所の現場にも伺い、当局と社労士会との話し合いを推進した思い出を挨拶で話しました。近年は電子申請の比率が着実に上昇し、添付書類の省略など企業側の事務省力化にも寄与しているようです。9日(土)は堂故先生を励ます会呉西郵便局長会党小矢部市連新年会と出席して最終のはくたかで上京しました。

 党大会では、谷垣前総裁が自転車事故からリハビリで回復され、車椅子ながら元気な声で挨拶されました。恒例の安倍総裁の政策演説と併せて、野党時代の反省と努力、政権復帰の際の初心も思い出され、党の多様な面をアピールできたと思います。国際情勢に不透明感が強く、成長戦略と財政再建にも細心の注意が必要な局面で、統一地方選と参議院選挙を控え、緊張感を持って課題解決に臨んでいく必要があります。折しも10日は復興庁発足から7年目となり、設置期限(2021年3月末)後の在り方の検討状況について全国紙でも報道がなされました。昨年末、渡辺大臣の指導の下に取りまとめた「復興・創生期間後も対応が必要な課題の整理」をベースに、被災地を始め各界のご意見を承りながら、復興推進委員会で議論頂いており、良い結論が出せるよう努力していきます。

 11日(月)は朝一番のかがやき・つるぎで新高岡に戻り、中村治平元氷見市議の叙勲祝賀会党砺波市連立春の集いに出席し、12日(火)朝には再び上京と、慌ただしい週末でした。

 通常国会は、8日から衆院予算委員会で新年度予算の審議が始まり、13日(水)まで3日間・21時間の基本的質疑を終えました。14日(木)・15日(金)と衆院本会議にて国税・地方税の新年度改正案の法案も趣旨説明を終え、来週は19日(火)に地方公聴会がセットされるなど佳境に入ります。毎月勤労統計の不適切な調査の問題や外交の諸課題に加え、児童虐待防止の具体策も主要な論点となり、議員側からも提言が寄せられています。引き続き、本予算の年度内成立を目指し、精力的な審議が続きます。

 また、13日には富山・岐阜両県主催の東海北陸自動車道の全線四車線化を求める緊急集会があり、石井・古田両県知事、綿貫先生、岐阜選出の大野参議院議員とともに私も早期実現を訴えました。今年度末に飛騨清見までの南側の工事が終わることから、以北の区間の早期整備を願っています。16日(土)は宮城県に出張にて、次号で報告します。

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国政報告(第463号)

 立春を過ぎて、議員会館から見える国会裏側の銀杏並木の通りも、まだ芽吹く訳ではありませんがどことなく春めいています。ただ、週末はもう一度寒気が日本上空に流れ込む予報であり、顕著に流行しているインフルエンザと共に注意が必要なようです。

 通常国会は、先週の衆参での代表質問を受けて、週明けの4日(月)から今年度第2次補正予算案の審議が始まり、5日(火)に衆院を通過、今日(7日(木))、参院の審議を終えて成立の見通しです。主要な内容は、3か年の防災・国土強靭化緊急対策の1年目として、1兆円規模の公共事業の追加、TPP発行を受けた農林水産業の強化などで、地域への波及効果も大きいものと思います。

 一方、予算委員会の審議の過程では、厚生労働省の毎月勤労統計調査で東京都内での全数調査を勝手に抽出調査に変えていた問題が取り上げられました。変更は2004年に遡り、統計委員会に報告しないまま、統計法違反の調査を続けていたこと、調査結果が失業給付等の金額の基準となっていたために多数の支給不足が発生したことなど、「行政運営の基礎となる統計の重要性」をおろそかにしてきたことが厳しく問われる事態となりました。厚労省内の監察チームの調査についても、一部関係者へのヒアリングを職員任せにするなど、「第三者性」が不十分との批判が上がり、総務省行政評価局が調査に乗り出すこととなりました。本件については、与野党の委員から様々な質疑がなされましたが、政策立案の前段となるデータ収集を役所として軽視し、予算・人員を削ってきた経緯があると思います。改めて「基本に戻って」仕事の組み立てを見直す機会にするべきです。また、全数調査の実施が困難だとすれば、抽出調査を基に、統計学的な裏付けのあるデータ復元処理を施せば良い訳で、人材面で「統計分野のエキスパート」の確保・養成が求められ、何より、「決まり」が守れない時の「報告・連絡・相談」という、仕事の基本を大切にする事が肝要です。

 私については、週末の3日(日)は裏千家淡交会高岡青年部総会中川生産組合新年会定塚校下自治会・各種団体合同新年会と地元行事に出席しました。岩手・宮城の被災地に伺うと、仮設住宅からそれぞれ恒久の住まいに移られた皆さんにとって、新たなコミュニティづくりが課題となっていると聴きます。それだけに、何気ないご近所の顔見知りの皆さんの会合も、かけがえのない価値のあるものと思いながら挨拶させてもらいました。

 8日(金)からは舞台を衆院に戻し、新年度予算案の審議が始まります。年度末成立のためには円滑に日程を進めることが必須であり、緊張感を維持して臨みます。10日(日)は党大会であり、4月の統一地方選、7月の参院選と大切な政治日程に向け、富山県連も宮腰会長を先頭に頑張ります。

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国政報告(第462号)

 1月28日(月)、通常国会が開会しました。会期は6月26日(水)までの150日間で、当面は、今年度第2次補正予算と新年度予算の審議が進められます。厚生労働省の雇用関連統計の不適切調査問題が急浮上し、新年度予算の閣議決定をやり直す事態となっており、国会審議を通じて国民の皆様への説明責任を果たす必要があります。これをこなして本予算を年度内成立させることが、政府・与党の当面の目標となっています。

 私については、インフルエンザを治して、24日(木)は副大臣再任後14度目の東北出張でまずは利府町の宮城スタジアムを訪問しました。来年の東京オリンピックにてサッカー競技が予定されており、地元の熊谷町長も海外のお客様のおもてなしに知恵を絞って頂いています。冬型の気圧配置が強まり、小雪が舞う状況でしたが、施設はこれまでにも国際レベルの大会をこなしておられるだけあって整った印象を受けました。来夏に宮城県内の復興の状況を発信し、「復興五輪」が実りあるものとなるよう、努めていきます。

 続いて、多賀城市で10年来の知人である菊地市長と合流し、「さんみらい多賀城・復興団地」に進出された日本積層造形株式会社を訪問、保田社長にご案内頂きました。金属微粒子をレーザーで溶かして立体的な部品を作り出すという先進的なものづくりに携わっておられ、東北大学の研究成果を活用されている由、まさに「創生」の好事例です。菊地市長との昼食後、仙台市に移動し、蒲生北部被災市街地復興土地区画整理事業の進捗を目の当たりにし、さらに、鈴木東北農政局長に仙台東地区ほ場整備事業の現場をご案内頂きました。津波の被害を受けた農地を除塩し、大区画化して、米作や園芸作物の効率良い営農が展開されています。最後は復興を終えて運営が民営化された仙台空港を訪ねました。保安検査のスピード・アップの取り組みや、ボーディング・ブリッジを使わず、地上から直接飛行機に乗り込む新たな乗客の動線の設定など、民業らしく知恵を絞って経営を黒字化し、乗客数を増やしておられる実情に感銘を受けました。

 25日(金)夜に富山に戻り、26日(土)は党県連主催の政治学校の講師を務め公明党の恒例の「躍進の集い」で沖縄出張の宮腰県連会長に代わって挨拶しました。27日(日)は、石破茂代議士が昨年秋の党総裁選の御礼と県議選・参議院選の候補者激励を兼ねて来県され、砺波高岡新湊の3会場で集会を持ち、合計八百名の参加を頂きました。

 かくて月曜から通常国会が始まり、初日は現天皇陛下の最後のご臨席を得ての開会式と安倍総理他四大臣(総理・財務・外務・経済担当)の演説があり、30-31日(水―木)と各党代表質問で論戦がスタートしました。来週は予算委員会の報告となる見込みです。

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国政報告(第461号)

 先週末、不覚にも、インフルエンザA型に感染してしまい、地元日程はすべてキャンセル、週明けも養生する破目になりました。昨年はB型に感染しており、今年は大丈夫だろう、という気の持ち方がまずかったです。来週28日(月)から会期150日間の通常国会を控え、改めて健康管理に心して臨みます。

 前号で岩手・富山の出張まで報告しましたが、引き続き18日(金)、19日(土)と福島県に日帰り出張しました。初日は未訪問の6市町村(いわき市・楢葉町・浪江町・南相馬市・新地町相馬市)に伺いました。原発事故で避難指示が出たのは、楢葉・浪江・南相馬の3市町ですが、住民帰還率は楢葉で5割、南相馬の小高で4割を超え、地域にも活気が出てきました。楢葉の「笑(えみ)ふるタウン」、小高の「小高ストア」など日常品を求める環境も整備されています。昨春に避難解除となった浪江町では、帰還はまだこれからですが、役場前に雪の塊があり、聞くと秋田県横手市の皆さんがかまくらを作ってくれるとの事、気持ちが温かくなりました。

 今回の訪問で承った問題意識が2点あります。帰還・復興が本格化する中で、地域の基幹産業である農業を再開させていくための圃場・施設整備を、担い手が十分揃わない中でどう進めるのか?平成32年度末という「復興・創生期間」までに公共施設の整備がどこまで済ませられ、その後はどうなるのか?という悩みです。地震・津波被災地域では「32年度末」を合い言葉にしていますが、原子力災害地域はそうはいかないことも良く分かります。復興庁設置期間終了後の取り組みの検討の主要課題の一つです。

 南相馬市では、福島イノベーションコースト構想の拠点となるロボットテストフィールドも見学し、ドローンの飛行実証実験の説明を受けました。27個のドローンを、きちんと3層の隊列を組んだ形で2千m上空まで上昇させ、雨雲等を観測しようという課題にチャレンジされており、良質の電波による遠隔制御を目指しています。原町第一小学校では、東京大学の先生方がミニ・ドローンを児童たちのプログラミング学習の教材に使った授業に取り組まれていました。イノベ構想も「肉付け」の段階に入り、今後が期待されます。

 2日目は、Jヴィレッジの全天候型施設で、読売巨人軍OBの西村選手、北選手など、ジャイアンツ・アカデミーの皆さんの親子野球体験教室の開会挨拶を務めました。サッカーのトレーニング施設であったJヴィレッジは、原発事故収束の前線基地に転用されました。廃炉作業の進展により拠点は福島第一原発構内へ移り、現状復旧工事を経て元の姿が蘇ってきました。今春、JR常磐線の「Jヴィレッジ駅」も開設され、東京オリンピック・パラリンピックに向けて更に活用が期待されます。明24日(木)は宮城県利府町のオリンピック・サッカー競技会場となる宮城スタジアムに伺います。

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国政報告(第460号)

 今週は副大臣再任以降、11回目の東北出張(今年初めて)を中心に報告します。成人の日の三連休は、中日の13日(日)が在京当番となり、12日(土)は富山に日帰りして、党県連女性部の新年初顔合わせに出席しました。堀田女性部長を中心に、東日本大震災の被災地にチューリップの球根を送り続けておられ、復興に携わる立場から御礼の挨拶を致しました。14日(月)朝に再度富山に向かい、宮腰大臣を囲む会に出席しました。長勢先生の法務大臣就任以来、久しぶりの富山県の大臣誕生は嬉しい事で、会場も華やいだ雰囲気でした。宮腰大臣は、長年取り組んでこられた北方領土隣接地域と沖縄の振興のほか、内閣府の消費者行政、少子化対策など8分野を担当されています。臨時国会も手堅い答弁で法案を成立させるなど、着実に成果を挙げておられ、大活躍をお祈りします。午後からは、高岡市鍼灸マッサージ師会となみ青年会議所の新年会に出席しました。例年に比べ、極く限られた新年会しか出席がかないませんが、公務に免じてお許し頂きたいと思います。

 15日(火)朝に高岡市民病院で年1回の健康診断を受けて上京し、16日(水)は新幹線で八戸駅まで出向いて、小林八戸市長にご挨拶しました。大震災では、青森県や茨城県の太平洋沿岸部も被災しており、住まいの再建など復興事業が実施されています。八戸も水産業関係施設等に大きな被害が出ましたが、既に製造品出荷額が震災前を上回るなど着実に前進しています。続いて南に進み、岩手県沿岸部の北部7市町村(洋野町久慈市野田村普代村田野畑村岩泉町宮古市)の首長を訪ねました。この地域も住まいの復興はほぼ終了しており、三陸沿岸道路の平成32年度までの開通に大きな期待を寄せておられます。主力産業である漁業は、漁獲高が震災以前の水準に戻っておらず、漁業者は魚価が上がっている分だけ支えがある一方、加工業者は原料不足かつ原料高の影響で厳しい経営環境が続いています。地域としても、研究機関の協力も得ながら、磯焼け対策や、主力魚種の変更など、漁場回復を模索しています。また、人口減少下での地域の維持発展や、若者の定着策の検討など、まさに「復興から創生へ」と自治体の意識が変化していることを感じました。平成28年夏の台風10号で大きな水害に見舞われた岩泉町が、復興事業加速化のノウハウも生かし、早期に復旧を遂げておられ、安堵しました。田野畑村と岩泉町ではヨーグルトをご馳走になり、宮古市では駅前に防災機能を充実させた新市庁舎を案内頂くなど、この間の復興の歩みを実感した出張でした。翌17日(木)は、岩手県庁に千葉副知事を表敬し、岩手復興局で挨拶の後、大宮経由で富山に「出張」し、県市長会の皆さんに来年度の被災地への職員派遣の継続をお願いしました。森市長会長のご配慮に感謝しつつ、富山の皆さんの引き続きの応援をお願いします。

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