2023年7月

国政報告(第685号)

 線状降水帯の猛威から一週間たち、21日(金)に北陸地方に梅雨明け宣言が出されました。週末には東北南部まで宣言が拡がり、日本はまさに夏本番です。富山も連日30度台を記録する中、23日(日)に県第三選挙区女性部総会が開催されました。前オリパラ・ワクチン担当大臣の堀内詔子先生に地球温暖化問題について分かりやすく講演頂きました。会議後、昨冬に国宝指定を受けた高岡市伏木の勝興寺へご案内し、木の骨組みを何度も新たな建物に使い回す和風木造建築の粋を堪能されました。一方、大相撲名古屋場所千秋楽では、途中ケガで休場した朝乃山が、再出場後の4連勝で見事勝ち越しを決め、気迫のこもった土俵に歓声が沸きました。

 先週末に戻って、15日(土)には南砺市で金沢湯涌福光線の富山県側の期成同盟会に出席しました。依頼された講演では、東海北陸道の四車線化や城端SAのスマートインター化など周辺道路の整備の進捗により、本路線の整備効果が高まってきた現状を説明し、冬季間も通行可能な安全な道路となるよう粘り強く努力することを誓いました。16日(日)は、高岡市牧野地区で21回目のミニ対話集会を開催しました。渡辺県議、高岡・田中両市議にも同席頂き、「多文化共生」をテーマに地域社会の課題について意見交換しました。牧野地区は、近年、宅地開発で住民が増えており、外国人の居住割合も市平均を上回っています。これまでの取り組みで子供たちが馴染んできたこと、一方、ごみ出し等地域のルールを理解してもらうのに苦労したこと、また、外国人の立場からは学校の相談機能の充実や道路標識の外国語表示などの要望がありました。お互い、文化が異なることを認め合いながらも、同じ社会の一員として分かり合える点を見出していく事が多文化共生の目指す所なのでは、と話し合いを通じて私自身も感じ取らせてもらいました。

 「海の日」の17日(月)の朝、柔道整復師会主催の少年柔道大会に顔を出し、18日(火)からは東京で選挙区6市の国への新年度要望事項の省庁レクを受けています。19日(水)朝、東海北陸道の四車線化事業の未施工区間である岐阜県清見・白川間の早期着手を求めて、岐阜県選出の渡辺、大野参議院議員、堂故議員、沿線首長の皆さんと財務省、国土交通省に要望しました。沿線の岐阜4区選出の金子衆議院議員は現在財務大臣政務官の立場であり、要望を受けてもらいましたが、事業化への強い思いを伺いました。同日夕刻、北陸直轄河川治水期成同盟会連合会の要望会の後、射水市主催の懇談会に出席しました。コロナウイルスの影響で3年ぶりの開催となり、省庁に勤務されている方々と夏野市長、山崎市議会議長、加治副議長など皆さんで和やかに語り合いました。21日(金)、党東日本大震災復興加速化本部の額賀本部長に同行し、東京電力福島第一原子力発電所を視察しました。内容は次号で報告します。

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国政報告(第684号)

 12日(水)の午後10時頃、テレビの全国ニュースで、富山県西部に線状降水帯が発生との報に接しました。その晩、各所に被害が生じ、南砺市の赤池伸彦市議会議員が住民に避難を呼びかける活動の最中に土砂崩れに巻き込まれ、亡くなられました。つい最近も元気な姿を拝見していただけに、残念でなりません。お通夜に参列しましたが、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 県内では高岡市を中心に中小河川が溢水し、家屋への浸水が200棟を超えました。被害に遭われ、猛暑の中、現状復旧にご苦労されている皆様にお見舞い申し上げます。富山、小矢部、砺波、高岡の4市には災害救助法が適用されることとなり、復旧費用等の地元負担が軽減されます。このほか、浸水箇所の再発を防止する河川整備の促進も心掛けていきます。

 通常国会が閉会してほぼ一か月、この間、岸田内閣はマイナンバーカードの不具合対策に注力する一方、総理はNATOの会合や中東訪問など積極的に外交を展開しています。週末の世論調査では、内閣支持率が引き続き低下していますが、年初の時と同様に、国が当面する諸課題に粘り強く対応し、成果を挙げていくことが、支持回復の王道だと思います。今後は、東京電力福島第一原子力発電所の事故に起因するALPS処理水の海洋放出、旧統一教会に対する解散命令請求、エネルギー等物価高対策といった課題について、慎重に検討し、決断していかなければなりません。私も、自分の持ち場で事の推移を注視し、対応する必要があり、心しています。

 先週12日、党情報通信戦略調査会が開催され、NHKが検討しているインターネット送信業務の本来業務化の構想について、民放連と新聞協会から懸念の声を聴きました。この構想は、昨今の若者世代のテレビ離れに対応し、災害時の的確な情報伝達と、事実を正確に伝えるニュース報道について、いわば国民誰もが享受すべき「ユニバーサル・サービス」であるとの認識で、これをNHKに担わせようとするものです。このため、ネットで配信するコンテンツは、放送の映像・音声に対応する文字情報に絞られるものと考えられます。一方、民放連、新聞協会は、現在、NHKが放送法上の任意業務として実施しているネット配信が肥大化して、民放・新聞を圧迫していると認識されており、現状の改善無くして変更は受け入れられないとの立場です。調査会でのやり取りを通じて問題点が明確になったので、解決に向け、声を出して行こうと思います。

 14日(金)の午前、党文化立国調査会で東京藝術大学を訪問し、地域づくりへの貢献活動の現状を伺いました。地元でも、富山大学芸術文化学部にお世話になっていますが、まちづくりに文化やデザインのノウハウを活かしていきたいものです。同日夕刻、全国配置薬協会の総会後懇親会に出席し、大北新会長にご挨拶しました。

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国政報告(第683号)

 引き続き、雨が心配な週末を過ごし、週明けの10日(月)の東京は今年一番の暑さのようです。一方、西日本には線状降水帯が居座るようで、引き続き災害に注意しながらの毎日です。前号は東北出張の報告で埋まってしまったので、本号で2週間をカバーします。

 6月29日(木)、高岡市議会未来創政会の皆さんが上京され、懇談しました。コロナ後、これからは地元との往来も活発になりそうです。地元に戻って、1日(土)は南砺市で武田県議の後援会総会に出席しました。

 東北出張後の5日(水)は終日、会館事務所でレク、来客対応となり、夕方に地元に戻って、6日(木)、7日(金)は恒例の市役所回りに充てました。国の令和6年度予算の概算要求に向けて、各市の国・県への要望事項を説明頂きました。近年、新幹線など骨格となる社会資本の整備が一定程度進み、各市においても学校の耐震化や大型公共施設の整備が一段落したことから、要望内容もソフトな制度面にシフトしています。国の少子化対策の検討に関連して、医療費、給食費の補助をどうするか、また、昨年いったんスピードダウンした「部活の地域移行」をどのように進めて行くか、各市で問題意識を持っておられ、当局にしっかりつないでいきます。

 週末の8日(土)午後、「JCHO高岡ふしき病院支援の会」に出席しました。山崎新会長の下、コロナ明けで久しぶりの開催となり、高嶋院長から院の状況を伺いました。社会保険病院として、存続が危ぶまれた時期もありましたが、地域のサポートも追い風に、必要な医師もしっかり確保され、回復期を中心に、市北部の地域包括ケアセンター機能も兼ねる形で着実な歩みを続けています。地域医療圏構想上の位置付けなど、課題はありますが、会の一員として、しっかり応援して参ります。夕刻には伏木地区にて針山県議の後援会総会に出席し、2期目の抱負を伺いました。

 9日(日)朝、富山県医師会館竣工記念式典に出席し、来県された松本日本医師会長や県医師会の村上新会長にご挨拶しました。コロナ禍で医療現場の皆様には本当にお世話になり、今通常国会の医療法改正で、「かかりつけ医機能」も制度化された事も念頭に、新会館を拠点として県民の命と健康を守る役割を大いに発揮されるよう、期待しております。夕刻には、党の射水市大江支部の総会に出席し、そのまま新幹線で上京しました。

 今週の平日は、会館にて各省庁幹部の異動の挨拶を受けたり、地元6市から頂いた要望事項についてレクを受けたりして過ごします。目下、内政ではマイナンバーカードの情報の紐付け誤り等の不具合が続発しており、政府では自治体等に依頼して秋までに総点検する方針です。来年10月の健康保険証との一体化に向けて、注意深く、丁寧に調査、対応していく努力が必要と思います。

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国政報告(第682号)

 今年の梅雨はしっかり型のようで、先週から今週にかけても各地で線状降水帯の発生など激しい雨が降っています。富山県でも、白岩川の決壊により、東部の上市町、立山町で浸水による甚大な被害が発生しました。人的被害は無いとのことですが、官界の皆様にお見舞い申し上げ、早期復旧を念じます。

 3日(月)、4日(火)と、党東日本大震災復興加速化本部事務局長として、岩手県宮城県の地震・津波被災地域の現状把握の目的で出張しました。発災から12年が経過し、ハードの復興は終了し、人口減少、高齢化、サケ、カツオ、サンマの不漁など悪条件もある中で、志を持った住民・移住者の努力で各市町が個性を持って「復興から創生へ」と力強い歩みを続けていることを実感しました。

 初日朝、新幹線で新花巻駅に着き、復興事業で完成した高規格道路を使って山田町に入りました。佐藤町長に同行頂き、三陸やまだ漁協にて菊池組合長からサケに代わる魚種としてトラウトサーモンの海面養殖に取り組んでいる旨、伺いました。大槌町を経由し、釜石市で野田市長に、被害の大きかった鵜住居地区に追悼・伝承・交流機能を兼ねて整備された複合施設「うのすまい・トモス」を案内頂きました。周辺は、高台移転した小学校を始め、国道沿いの造成宅地にも住宅や商業施設が建ち、拠点性が回復している印象でした。

 令和3年に釜石市に移転した復興庁岩手復興局に立ち寄り、大船渡市を経由して、県南端の陸前高田市では、佐々木市長に同行頂き、高田松原津波復興祈念公園を訪れました。国・県・市が連携して整備された広大な広場空間では、6月に全国植樹祭が開催された由、松林の復活を目指し、カラマツが植えられていました。次いで、移転元地を活用してピーカンナッツの栽培に挑戦されている(株)サロンドロワイヤルの前内社長にお会いしました。大阪で創業された老舗の菓子店経営者ですが、復興に共感され、週一回陸前高田に通われているとのこと、熱い思いを伺いました。さらに、地元の皆さんが市外の業者も巻き込んで令和2年立ち上げた「発酵パークCAMOCY(カモシー)」にて、味噌・醤油製造の伝統を生かし、様々な食材の発酵にこだわった取り組みを聴きました。

 2日目朝は宮城県気仙沼市にて、菅原市長と大島のウェルカムターミナルで待ち合わせ、標高235mの亀山山頂に向かいました。道路が山頂手前までしかなく、震災で被災したリフトの復興の手法について、副大臣在任当時も市長から悩みを聞いていました。全国各地を調査し、検討を続けた結果、東京の飛鳥山にもあるモノレールを採用することとし、復興庁の助言も受け、地方創生拠点整備交付金の採択を目指す由。粘り強く議論され、良い結果を導かれたなと感銘を受けました。震災遺構の元県立気仙沼向洋高校校舎を活用した震災伝承館を案内頂いた後、南三陸町に入り、佐藤町長にお会いしました。平成29年にオープンした「南三陸さんさん商店街」はコロナウイルスの影響を耐えて、6年経った今も多くの観光客で賑わっており、昨年には隈研吾さんが設計された震災伝承施設も開館、今月末の「うみべの広場」の竣工で周囲の整備が一段落するとの事でした。震災後の支援で関係が深まった台湾との交流も徐々に再開し、多くの高校生を民泊・研修で受け入れており、滞在プログラムを工夫する町の観光協会が「Iターン」の方も含め、若い人材で活力を持って運営されていました。

 今回最後に訪れたのは石巻市です。平成の大合併で市域が広大となり、復興事業推進上も様々な課題があって、私も思い出の多い自治体です。最初に北上川河口から川沿いに内陸へ進み、震災遺構大川小学校を訪ねました。ここでは震災当時、津波の遡上により多くの児童と教職員が犠牲となっておられ、追悼と伝承の気持ちを深くしました。次いで、移転元地を活用してオランダ式のガラスハウスでトマト、パプリカを数百トン規模で通年に栽培、出荷されている(株)デ・リーフデ大川の鈴木社長からスマート農業実践の現状を説明頂きました。先進的な土地活用、雇用創出の取り組みには、他地域への展開可能性があると感じました。

 市中心部に進み、令和3年に移転した復興庁宮城復興局に立ち寄り、市役所で渡邊副市長他スタッフの皆さんから、毎年実施されている復興公営住宅入居者健康調査の結果と、要支援者へのサポートの現況について説明を受けました。心の問題をお持ちの入居者の割合は減少傾向にあるものの高水準であること、復興庁の被災者支援総合交付金を活用して「心のサポート拠点事業」を実施されていることなど伺いました。最後に震災遺構門脇小学校と国・県・市が連携して整備された石巻南浜津波復興祈念公園を訪ねました。6年前、公園の起工式に出席したことを思い起こし、震災の記憶と教訓を伝え継ぐ空間として新たな歩みを始めていることを実感しました。

 夕刻、高速道路で仙台に戻り、2日間の行程を終えましたが、10年間のハード面の復興事業の土台の上に、生業や心の復興に向けて、震災の記憶を胸に刻みながら日々前進されている首長、住民・移住者の皆さんの姿を4年ぶりに目の当たりにし、却って私が元気付けられる出張でした。見聞きしたことを、今後、計画している復興に関する政府への与党提言に生かしていきます。

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